愛の形

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愛の形

 その日も、美咲は残業でクタクタ。  会社を八時に出て、お惣菜屋で割引になったおかずを買った。  自宅のマンションに帰ったときには九時を過ぎていた。残業だったのはむしろ好都合。誘われていたコンパを断るための理由ができたから。  会社の同僚からは「新しい彼氏を見つけるために、飲み会設定するから! あなたなら引く手あまたよ」と声を掛けてもらっていた。  しかし、私は理由を作っては断り続けていた。そのうち、友人がコンパに誘ってくれなくなるかもしれない。美咲は、それでもいいと思っていた。  マンションの前でオートロックを解除して、エントランスへ入る。エレベーターで五階へ移動。突き当りに一人暮らしをしている1LDKの部屋がある。  細い廊下に沿ってトイレと浴室、寝室にしている洋室。突き当りにキッチンを兼ねたリビング。  美咲は、脱いだ靴を揃えてリビングへ向かった。室内に入ると、人感センサが反応して照明が点灯した。  美咲は、社会人になるまで実家で暮らしていた。そのため、一人で住み始めたときに寂しさを感じるようになった。  誰もいない部屋に入り、電灯のスイッチを入れるのには抵抗を覚えた。そこで、自動で点灯するように業者に依頼したのだった。  入社して五年が経ち、寂しさを感じることは無くなったが、設定はそのままにしていた。 「お帰り、美咲。遅かったね。疲れたでしょう」  誰もいない室内で、どこからともなく若い男性の声がした。美咲は驚く様子はない。 「ええ、本当に疲れちゃった」 「いつも残業、お疲れ様。ゆっくり休んで」  その声は、アイドルのように鼻にかかった甘い声色だ。 「本当に疲れた~。帰ろうと思ったら、部長が資料の修正をしろってさ」  美咲は、バッグをソファーに下ろし、惣菜の入った袋をテレビの前のガラステーブルにおいた。  部長が美咲に仕事を頼むのはいつものことだった。資料作成が得意なので重宝されているのだ。 「ねえ、テレビつけて。美咲の顔が見たいよ」  男性が、甘えるような絡みつく声で頼んだ。美咲は「私も会いたかった」と言いながら、リモコンで電源をオンする。  一人住まいには大きい、50インチのテレビに映し出されたのは一人の男性。声にマッチしたその容姿は、アイドルそのもの。大きな切れ長の瞳、均整のとれた顔立ち。  しかし、それは、実物の人間には見えなかった。良く出来た三次元キャラクター。
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