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 あたしは、目の前にひろがるジャングルをにらんだ。  密集した木々、むっと立ち込める土の匂い、にぎやかな鳥の声。  右眼の眼帯の縁を、指でタップする。  景色の中にデジタル情報が一瞬で表示された。  西暦2089年、6月5日、08:00、快晴。湿度80%、気温26℃。プラントから約1キロ地点、カタタ地方のジャングル。  こういう表示って、ほんと、ゲーム画面みたい。  もう一度、眼帯に触れる。 「ロキ」  微かな起動音のあと、なめらかな人工音声が聞こえてきた。 『おはようございます、ララ。本日のミッションは【プラントを抜け出した少女、ミラを連れ戻す】となります』  生体接続デバイスとして開発されたアイテムに搭載されたAIの名は、ロキといった。  アイテムが眼帯型なのは、あたしが、訓練の事故で片目を失ってるから。会話によるサポート機能がむっちゃ使いやすくて気に入っている。 『このミッションはララの【追跡者】としての初の任務となります。遅れましたが、昇格、おめでとうございます』 「ありがとー! もー、ほんと。やっとだよ」  追跡者というのは、プラントという巨大な機械工場街の居住区から脱走する人を連れ戻す役目だ。  あたしは、ずっと訓練生だった。この度、ようやくテストに合格し、無事、独り立ちを果たしたばかり。  十三歳にして初任務は遅いほうだけど、気にしてない。  もー、超にやけちゃう。これであたしにも追跡者としての輝かしき日々が! 華々しい活躍が! 富と名声が! 『何なりとお申し付けください、ララ』 「ありがと。じゃあ、追跡を開始。ロキ、ナビゲートして」 『承知しました。では、右と左、どちらの道がよろしいですか?』 「右と、左ね。えーと……」  たまに、どっちが右でどっちが左だっけ? ってなっちゃうんだよねー。なんて、もたもたしてるうちに、ロキの怪訝な声が聞こえてきた。 『ララ? まさか、また右と左の区別が……』  ぐうっ、と唸りかけて全力でごまかす。 「ちがっ、右と左が分からないんじゃなくて、右も左もわからないのよ! 新人の追跡者だからっ!」  あーもう、どっちがどっちだ。デバイスは便利だけど、道を映したところで右と左の表示ってないのよね。基本的過ぎてさ。 『……お気の毒に』 「ちょ、可哀そうな子扱いしないでくれる!?」  とにかく、あたしたちの追跡は、そんなふうに始まった。
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