朝を抱いて夜を泳ぐ

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「お父さん、ご飯だって」 ゆっくりと父は新聞を布団の上に起き、10年ぶりに動くかのようにぎこちなく立ち上がった。 私が階段を降りていると、後ろからドンドンと音が聞こえ父が私に続き階段を降りてくる。 さっきの動きからは想像出来ないほどその動作は早く、徐々に縮まる2人の距離に恐怖が生まれ、私は最後の3段を落ちるように飛び降りた。 トンっと床に2つの足が着いた時、足の裏がジーンとする。 それが収まるのを待つことなく、私は何かから逃げるかのように歩き出す。 いつもならスマホの前で服を脱ぎ、ライブ配信をしている時間に、私は父と母とご飯を食べていた。 それはなんとも不思議な感覚を作り出し、私を日常から切り離した。 部屋から出た父は作り出した「いつも通り」の中を生きていた。 料理の感想も、昔から続く「最近どう?」の質問も、食べ終わったあとにする小さなゲップも、タイムカプセルに閉じ込めているあの日の再現のようだった。 しかし、意識して作るそれはやはり違和感を植え付けた。 食道を落ちるご飯が、不安定な気持ちに押されて逆流しそうになり、それを抑えるため手元にあったビールをゴクゴクと飲んだ。 体内を巡るアルコールが私の体をじんわりと温めて、ほんの少しの幸福感と、それに対する罪悪感を作り出す。 「ユカってそんなに飲んだっけ?」 不思議そうに私を見つめる母に、 「最近、疲れてるんよな。やっぱりそういう時はビールやろ」と笑いかける。 お酒は好きでは無い。 正確には、お酒を飲み、人工的な幸福感に浸っている時間が好きではないのだ。 あの時間は私は私を見失う。 その中で見つかる幸せな感情は全て嘘で、翌朝の私に容赦なく襲いかかってくる。 「無理はすんなよ」 隣りに座っている父がそう言い、 そのあとは咀嚼音だけがリビングに響いた。 そんな沈黙の中、 1万人以上の性欲の塊のことを私は考えていた。 その中にいるタナカの彼氏は今、何をしているんだろうか。
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