朝を抱いて夜を泳ぐ

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配信は深夜3時まで続いている。 墨汁をこぼしたように黒い空の下を潜るとそこには深い闇がある。 私の視線はスマホの画面の上で揺れていて、瞳は光を反射させ、猫の目を連想させる。 画面の中のマリオは飛んだり、跳ねたり、走ったりと、止まることを恐れているかのように動き続け、時折、二足歩行のカメにあたりゲームオーバーの文字と共に暗転する。 「ちくしょー、また、やられた」 その声は涙のように透明で、私の動脈を流れる血液にそっと溶け込み、全身を駆け巡り酸素を送った。 私を生かせているのは心臓でも、三大欲求でも、脳なんかでもなく、顔も本名も知らないMiku☆と名乗るYouTuberただ一人だった。 彼女から鳴る音の全てが、私の中に、私に最適な状態でとどけられ、混濁する感情から意味を奪い取り、浄化し、微々たるものだが幸福の芽に気づかせる。 スーパーチャットと言われるコメント機能がYouTubeには備えられていて、それは視聴者が課金し実際にお金をYouTuberに送れるシステムなのだが、その際にコメントを打ち込むこともできる。 そろそろこの辺で終わろうかな。 私はいつも通り、 「本日もありがとうございました」というコメントと共に5000円を送金する。 今までに何百とコメントを送ったがそれ以上のことは書いたことがない。 いろんな言葉を書けば書くほど、それは自分の感情から遠のいていき、コメントするためだけに生まれた人工物であり、私のど真ん中にある「ありがとう」という感情をジワジワと変容させ、赤の他人が憑依したような気になるのだ。 送ったコメントは赤色になり、私の画面の上にも表示される。 「りーちゃん、いつもありがとう」 その言葉を抱いて私は眠ることにしている。 そうすると、銀色の朝日に向かって伸びをすることができるのだ。 そして、「おやすみ」までの辛抱ができるのだ。 彼女のチャンネル登録者数はわずか100人ちょっと。 私はその全員と手を繋いで、出来上がった輪っかで彼女を囲み、外部から、この世界から守ってあげたいと日々思っている。 「囚われている」 仮に彼女がそう思っても、それはそれでいいだろう。 優しさとはそういうものなんだから。
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