朝を抱いて夜を泳ぐ

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トイレットペーパーが無くなり、私は街に出た。 コンビニへ通じる道以外を歩くのは1ヶ月以上ぶりだ。 前回はカバンを買いに街へ出た。 30万弱するカバンを、私は一括で購入した。 多い月は60万ほどの収益が私にはあった。 食費なんてものは月に1万円もかからなかった。 趣味もない。だから私の貯金はあっという間に200万を超えた。 タナカと最後に会った日から4ヶ月程が経っていた。 近くの業務スーパーに着くと安っぽいアレンジがされたBGMが私を出迎えてくれる。 積み上がっているトイレットペーパーの山から2つ掴み取り、私はレジへと早足で向かう。 その時だった。 BGMがなりやみ、代わりに聞き覚えのある声が流れてきた。 「初めまして!毒舌系配信者Miku☆ですっ!」 その声はゆっくりと私の脳内に響きわたる。 「最近色んな業務スーパーがありますよね!けど、この店以外はしょーじきダメですよ!𓏸𓏸店のもやしを食べたら100%腹壊しますからね!あー怖い怖い!まぁ正直、業務スーパーを使うような庶民の人達はお腹壊して正解か!あ、でもね、私、ここの業務スーパーはよく使うんですよ!ほかとは違いますよ!まじで!」 よくこんな攻めた広告をするよな。 初めに浮かんだ感想はそれだった。 確かにここの業務スーパーは他の業務スーパーとは違い大手ではなく、関西圏に数店舗しかない。 しかし、こんな挑発的な広告をすると客は離れるのではないか、また、大手から批難を買い潰される恐れもあるのではないか。 特別愛着があるわけではないが、ここが私の家から1番近い業務スーパーだったので私は心配する。 それからポケットからスマホを取り出しGoogleを開き、 Miku☆ と打ち込み虫眼鏡の検索ボタンを押す。 彼女のYouTubeの登録者数は30万人を超えていた。 4ヶ月前はわずか100人程度だった。 1番上に上がってきた記事をタップし開く。 どうやら、可愛らしい声から発せられる毒舌がウケ、登録者が急増したらしい。 彼女も彼女なりの生き方を見つけたのだ。 あの頃の彼女はもういなくて、新しいものに生まれ変わったのだ。そして、それは見事に成功した。 ふとゲームオーバーの文字が頭に浮かび、 「やられちゃった」という彼女の言葉が脳内で再生される。 同じ容器から発せられる「やられちゃった」も、今聞くと死と隣り合わせのものに感じられるのだろうか。 少し寂しいような気もしたが、直ぐにスマホをポケットにしまいトイレットペーパーを持ち帰宅した。
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