朝を抱いて夜を泳ぐ

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バイトには次第に行かなくなった。 そもそもお金には困っていないのだ。 その使い方に困るほど、ある。のだ。 初めは律儀に欠勤連絡を入れていたが、徐々にそれすらも億劫になり無断欠勤が増えていった。 初めの頃はかかってきた電話も春の背中が見えてきた頃には静かになっていた。 1度だけ電話に出たことがある。 スピーカーからは店長ではなくセガワの声が聞こえてきた。 今思えば店長と話したのは面接時と初出勤の時だけで、他はずっとタナカの声と、タナカが去ってからはセガワの声だけを聞いていた。 「あ、ニシダさん。本日もお休みですかね?最近欠勤が増えていて、いえ、怒っているわけではないですよ。そうですね、店長は少し苛立っておりますけど、けど、私はそんな、そんな。むしろ心配ですよ。電話も繋がらないですし、ニシダさん、かなり真面目に働いているように見えましたから」 耳を使う会話は久しぶりだった。 いつもは目で文字を追い、それに私の声が答える。 そんなコミニケーションばかりだったから、私の聴力は衰えているように感じた。 耳に集中力を集め、鼓膜の揺れに敏感に反応する。 「ごめんなさい、もうバイトは辞めようと思ってたんです」 「そうですか。残念です。店長もね、新しい人を既に募集し始めたんですよ。私はね、『そりゃないだろ』って感じでしたよ。だってニシダさんが辞めるって決まった訳じゃないんだから、取捨選択なんかじゃなくて、待つってこと大切な時もあるじゃないですか。そこに信用や敬意、誠意があるんじゃないですか」 セガワの言葉が終わるまで待つ。 残念ながら彼の言葉が私の何かを変えることは出来ないのだ。 今の私に変わる必要などこれっぽっちもないわけだし、感情は鈍感になっている。 セガワとの電話を終えると28時間ぶりの食事を摂るためキッチンに行き、積み上げられたカップ麺を一つとる。 カサカサ。 振ると音の鳴るカップ麺は、容器の中に空洞があることを示していて、私もその場で飛んでみたけど、音のならない私は何かで満たされてた。 いや、からっぽなのかもしれない。 とにかく私は莫大な何かを両手いっぱいに抱えているとも言えるし、莫大な何かに抱えられているとも言える、そんな状態だった。 タイマーがなり、私の余生が3分減ったことを知らせる。 蓋を取ると同時に容器から生まれる湯気に顔を包まれ、熱を帯びた皮膚が赤く染まる。 一口食べ、二口食べ、箸を置き全てをシンクへと捨てる。
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