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生理がきた。
またしても一ヶ月が過ぎたのだ。
先月よりも安くなった光熱費が春の面影を数値化する。
いつの時代もそうだ。
春になれば何かが変わる。
入学式、入社式。桜が散る頃には慣れるであろう出来事の始まりだ。
インターホンの鳴る音で目を覚ました。
いつもとは違う目覚め方に脳が困惑する。
初めは居留守を使おうと無視し続けたが繰り返されるその音に苛立ち、重い体を起こし玄関扉を力一杯引き大きな音を立てて開ける。
自然すぎる真っ直ぐな光が網膜を刺激し、黄色く点滅する視界に痛みすら覚える。
外から流れ込む透明な空気と室内の不純な空気が混じる三和土の上は不安定で、ドアノブに体重を預けた傾いた体勢で次第に鮮明になる視界に対面する。
「うわ、マジでいた!」
「てかなんかキモくね。げっそりしてるし」
「ライブ配信だと若干加工されるからな、実物はこんなもんか」
目の前に扉の先にいたのは高校生くらいの男二人だった。
片方は身長180センチほどのガタイがよく塩顔で目つきの鋭い男、もう片方の男は身長160センチ程と小柄でその体格の差を埋めるようにその髪は痛い金色に輝いていた。
「あ、いや。すいません。まさか本当にいるなんて思ってなくて」
反省の色をちっとも感じさせないとぼけた謝罪をする塩顔の横でクスクスと口に手を当てる金髪。
その光景すらも私にとってはただの景色だった。
「住所、Twitterに晒されてるんで。気をつけた方がいいですよ」
それじゃ。と言い残すと2人は「ほんまにおったな」「デマやと思ってた」などの声を残し立ち去った。
残された私はゆっくりと言葉の意味を噛み砕きその意味を理解しようとした。
つまり、私の住所が誰かによってTwitterにアップロードされている。っことか。
もう一度頭の中でその意味を起こしたが、そこから恐怖や不安を感じとることは出来なかった。
それは時たまうるさく響き渡る雷や、台風の警報のような、その程度のものであった。
ただ、1つ。
たった一つの言葉は私の脳内に留まり次第に私を飲み込もうとしていた。
「ライブ配信だと加工されているからな」
この言葉は私の存在をゼロにさせるものだった。
唯一の現実世界との繋がりだったアルバイトを辞めた私にとって配信中の私が全てだった。
寝ている時、カップ麺を啜っている時、それらは全て割り算で言う余りであり、少なすぎる部分であった。
だからこそ、「私」とは、画面の上にいる私であった。
しかしそれすらも存在しないのだ。
自分の頬にそっと触れてみる。
乾燥した肌は固く、決して心地の良いものではない。
次に自分の手首に視線を移す。
恐ろしいほど細いそこに、青色の線が絡まっている。
浮き出た青にそっと触れ、その動きを感じとることに集中する。
集中すると無意識に息を止めていた。
生きてることを確かめたくて、その細くて弱い手首に触れているのに、酸素の足りない体は死に向かって走っていく。
その感覚がなんだかおもしろくて、視界がぼやけるまで息を止める。
でも、死ぬことは生きることより難しくて、18秒後には精一杯息を吸う。
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