朝を抱いて夜を泳ぐ

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父が帰ってから、私は死に場を探し始めた。 どこで死ぬことが私を1番幸福にできるのだろうか。 どのような死に方が満足できるのだろうか。 思案すればするほど、体の奥の方がグツグツと滾り、生命の屈強さを実感することができ、私は自分が生きていることを再認識させられ、それはつまり「死」という選択肢を享受できる状態であることを意味していた。 そう思えば「死ぬ」という行為は命ある者のみに与えられた特権とでも言えるのではないか。 とにかく、先程まで体の隅々まで行き渡っていた負の感情はゆっくりとその姿を消していくのであった。 スマホを手に取る。 Twitterを開き「自殺」と打ち検索マークを押す。 数ヶ月ぶりに見たTwitterは相変わらず川のようにユーザーの感情が流れていた。 もちろんそれらは全てが真実ではなく、見栄や虚勢も多く含まれている。 その流れは人間の汚い部分が可視化されているようで私の心に優しく流れ込んでくる。 上から順にスクロールしていくと、 『もう決めた死んでやる。自殺してやる』 『口だけじゃん。結局私なんていなくてもいいんでしょ?いいよ。自殺してあげる!あなたのためだから!』 『疲れたから死にます。明日の朝9時に枚駅で人身事故起こします。』 『俺が自殺しても誰も悲しまないんだろーな』 『自殺する』 などと死の宣告をするユーザーで溢れかえっている。 彼らはどこで、どんな死に方を選択するのだろうか。 そんなことを思いながらスクロールを続けるが、1つのツイートが目に留まり、その手を止めた。 『私が自殺したらアンチはビックリするんだろうな。あーあ、死んでやろうかな』 ツイート主はMiku☆だった。
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