朝を抱いて夜を泳ぐ

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Miku☆の卒業アルバムが流出したのはおよそ2ヶ月前、9月中旬の出来事だった。 毒舌キャラでバズりYouTubeの登録者数は50万人に達したMiku☆だが、その半面、多くのアンチも彼女の首を目掛けて小さな槍を投げるのだった。 1つでは効かない小さい攻撃も、数が増えると彼女の動脈を平気で傷つけた。 そんな中、Miku☆の元同級生と名乗るアカウントが「Miku☆の卒業アルバム発見!本名は金田美紅!鬼のブス笑」 というツイートをし、それは1晩のうちに数万リツイートされ、画面の前でニヤけるアンチ達の栄養となり、彼らの痛覚のない感情によって瞬く間に拡散された。 「それ、私じゃないから」 彼女がそうツイートした頃には燃え上がる火はあまりにも大きすぎて、彼女の小さな声明1つと、夜に流れる涙なんかでは消化しきれなくなっていた。 夜に流れる涙。というのは私見であってただの想像であるが、とにかくMiku☆はゆっくりと壊れていった。 恐らく多くの者にとってそれが本当にMiku ☆なのか。そんな事実確認には無関心なのだ。 ただ、数百年前には祈祷という本能的な衝動が起こした祭りが、現代ではカステラを求める少年少女とアルコール臭い息を吐く紳士淑女の娯楽となしている。 そこに特に意味はなく、ただその雰囲気や空間に浸り、わけなどなく断末魔のような叫びをあげ、狂い、日々の鬱憤をほんの少し薄めたいのだ。 その祭りに利用されたのがMiku☆だっただけなのだ。 事の成り行きをまとめたウェブサイトを読み終えた時、私は自分が泣いていることに気がついた。 頬を伝う2本の線は顎先でまじわり、それからゆっくりとスマホの画面に落ちる。 悲しくなってスマホの電源を落とすと、真っ暗な画面に一筋の涙が、まるでトンネルに指す一筋の光のようで、なんとなく人々が「明かり」のことを希望と呼ぶ理由がわかった気がした。 一体、私たちはどこに行けばいいのだろうか。 私も、あの子も、結局は何者でもなかったのだ。 画面1枚隔てた先でイチモツをまさぐりながら私を見つめる野獣のような男の中ですら私はいなかった。 加工という、この世の何物でもない者を彼らは愛し、敬っていた。 Miku☆は存在するのだろうか。 一体、何を切り取って彼女は自分の存在をこの世界で明確に証明することが出来るのだろうか。 そう思うと涙はどんどんと溢れていき、それが止まる頃、私はMiku☆と2人で死にたい。という自分の願望にようやく気がつけた。 私は、私が見つけそして作り上げたユカと死にたいのだ。 その時初めて、今まで生きてきたこの日々を肯定できるのだ。
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