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半額のシールを貼る。
その瞬間からその弁当の価値は半分になった。
レジカウンターからは相変わらずタナカの耳に触る高い声が聞こえてくる。
半額のシールを貼る。
その瞬間からそのスナック菓子の価値は半分になった。
空調から溢れ出る冷気が体内から熱を奪っていく。
半額のシールを貼る。
その瞬間から、そのおにぎりの価値は半分になった。
なんの感情も持たない私が、私の手が、それらの価値を半分にしていった。
貼らないといけない商品、全てに貼り終えると、私までもが半分になってしまう気がした。
2本の足が支えている体重が、自分を確認するために着いてある2つの目が、血の流れる音を聞く耳が、存在が。
1度顔を出した不安は、頭の中でどんどんと大きくなり、私はシールを貼るのを中断し、レジカウンターへと向かった。
ちょうど客の入りか止まり、タナカはレジカウンターの中で下を向き、スマホを操作していた。
本人からしたら隠しているつもりなのかもしれないが、誰でも気づくだろう。
「仕事中」
私の一言で肩をビクッとさせたタナカは、
「すいません」と言うが、反省の色はまったく見えなかった。
レジカウンターの後ろにあるタバコの棚を眺め、在庫確認をする私に
「西田さんってライブ配信してます?」
と、感情の削ぎ落とされたタナカの声が私の体を射抜いた。
持っていたタバコがカタンっと情けない音を立て地面に落ちる。
私はゆっくりとしゃがみ、それを拾い上げるとそのタバコから視線を離すことなく
「なんの」と言う。
乾いた声は私のものか、そうでないのか、区別するにはあまりにも難しいものだった。
空調機から聞こえる、僅かな騒音すらも、私の中では大きく流れている。
「これ、西田さんですよね?」
タナカが私に突き出したスマホの画面には、
左指を咥え、白目を向き、自分の陰部をひけらかす私がいた。
画面に映る自分はあまりにも弱かった。
恥ずかしい、悔しい、情けない。
そんな感情を追い越し、ただただ、画面の中の私に、いや、女に同情した。
タナカの声はいつもよりも高かった。
画面からタナカへと視線を滑らすと、彼女の瞳には透明な水滴が溜まっている。
その水滴の中に映り込む私はグワンと湾曲し、顔立ちを変え、頬をつたい、ゆっくりと消えていく。
「なに、それがどうしたん」
私は作業を再開する。
棚にないタバコは、棚の下に付いてある引き出しから探し、棚へと入れていく。
在庫のないタバコには、「在庫なし」の札を代わりに差し込む。
「私、彼氏を飼っているんです」
震える声は私の視界を歪ませ、倦怠感を植え付ける。
ちょうど194番のマルボロを引き出しから取り出したところだった。
タナカへと視線を向ける行為は自己嫌悪を増加させる行為に類似しているから、私は時間をかけてマルボロをケースへと移していく。
「彼氏は小説家を目指していて、そんな彼氏を私は飼っているんです」
赤と白で構成されているマルボロは小学校での運動会を思い出させる。
赤組、白組。
それは、正義と悪なんかよりももっと分かりやすく、明確な分別方法だった。
そんなことをぼんやりと考え、タナカの話から気をそらし、空虚な自分に擬態する。
「お金が無いと、彼、死んじゃうから、私、バイトいくつも掛け持ちしてがんばってるんです。でも、最近やたら『お金が無い』って言うようになって。調べてみたら、全部、ライブ配信アプリへの課金でした」
彼女の声が途切れ途切れになろうと、私の中の罪悪感は顔を出す気配すらなかった。
「そっか」
その一言が、私の中から湧き出た感情の全てだった。
「恥ずかしくないんですか、親に誇れる仕事なんですか?」
そんな言葉は私に効かない。
痛覚のない心が、ぼんやりと親のことを考え始めた。
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