呪い。

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呪い。

「俺、甘いもの苦手なんだよね」 そう呟く彼は、ぬるくなったコーヒーから砂糖とシロップをそれとなく避難させた。 いや、彼の発言を踏まえると、コーヒーの方を避難させたのかもしれない。 小さなカフェ。窓から差し込むのは夕日。 まだ雪の降る2月、陽が落ちるのは随分早い。 「……初めて知った。奇遇だね、僕も。」 無言もあれなので、小さく同意しておいた。 彼は意外だと言うように眉をあげる。 「へえ、君も苦手なのか。得意そうな顔してるのに。」 「よく言われる。でも胸焼けする感覚が苦手なんだよね」 僕の一言に彼は分かるよ、と言いたげに頷いた。僕の言葉は間違っていなかったらしい。 ぎゅっ、と、自分の横にぞんざいに置いてあった上着のはしを握った。 上着の下には学生鞄。学生鞄の中には、隠された、小さな箱の中のマカロン。 昨日徹夜で作った、手作りのマカロン。 見かけだけは穏やかな席に、店員が運んできたのはビターチョコレートケーキとプリン。 ごゆっくりどうぞと言って、店員は去る。 もういっそ、すぐにでも帰ってしまいたいのに。 「コーヒー飲む時でも、甘くないもの頼むんだね」 「まあね。そもそもビターだってチョコケーキは充分甘いだろ?」 僕に同意を求めるように言ってのけた彼は、きっと、今日でさえも誰からもお菓子を受け取るつもりは無いんだろう。 「プリンは食べられるんだ?」 「あ、うん。ここのプリンは甘さより卵の味が強くて美味しいから」 「へえ、良いね」 「一口食べる?」 「……え?」 「僕もチョコケーキ、食べてみたいから」 「あ、ああ、うん、じゃあ頂くよ。」 僕のプリンのお皿を相手へ押しやり、代わりに彼のチョコレートケーキをもらった。 ちらりと彼を伺えば、なんてことないように僕のプリンを一口食べている。 それから、ほんとだ美味しいねと言った後、それでも強すぎた甘さをかき消すようにコーヒーを飲んだ。 見届けてから、彼のケーキを一口貰う。 にっが。 カカオ100%のチョコレートでも使ってんのかってくらい苦い。甘みを見出せない。 それでも僕は美味しいねと言ってお皿を彼に返した。これをコーヒーのお供に選ぶ彼の味覚は分からなくなったが。 戻ってきた僕のプリンを食べれば、主張の強すぎない甘みが僕の口の中を癒やした。 決して強すぎない甘み。 「君は、ある程度なら甘くても食べられるみたいだね」 「あ……うん、このプリンくらいなら美味しく食べられるよ」 「そうか、なら今日はそれは沢山のチョコレートを受け取ったんだろうね」 「……え?」 突拍子もないように聞こえた彼の言葉に、思わず僕は聞き返した。 ほら、あれだよ、とまるで僕に思い出させるみたいに彼は言葉を続けた。 「バレンタインデーだよ、今日。 君は見た目も性格も女子に人気だろ、受け取りきれなかったんじゃないか?」 「い……や、そんなこと、ないよ」 「本当にそうかな。実際のところ一体いくつ貰ったんだい?」 「ほんとに……本当にひとつも受け取ってないよ」 そう答えれば、なぜ?とでも言いたげに彼は僕にまだ言葉を促した。 答えきれない。どうはぐらかしたものか。 「……逆で、渡したい人がいたから、受け取らなかったんだよ」
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