3人が本棚に入れています
本棚に追加
呪い。
「俺、甘いもの苦手なんだよね」
そう呟く彼は、ぬるくなったコーヒーから砂糖とシロップをそれとなく避難させた。
いや、彼の発言を踏まえると、コーヒーの方を避難させたのかもしれない。
小さなカフェ。窓から差し込むのは夕日。
まだ雪の降る2月、陽が落ちるのは随分早い。
「……初めて知った。奇遇だね、僕も。」
無言もあれなので、小さく同意しておいた。
彼は意外だと言うように眉をあげる。
「へえ、君も苦手なのか。得意そうな顔してるのに。」
「よく言われる。でも胸焼けする感覚が苦手なんだよね」
僕の一言に彼は分かるよ、と言いたげに頷いた。僕の言葉は間違っていなかったらしい。
ぎゅっ、と、自分の横にぞんざいに置いてあった上着のはしを握った。
上着の下には学生鞄。学生鞄の中には、隠された、小さな箱の中のマカロン。
昨日徹夜で作った、手作りのマカロン。
見かけだけは穏やかな席に、店員が運んできたのはビターチョコレートケーキとプリン。
ごゆっくりどうぞと言って、店員は去る。
もういっそ、すぐにでも帰ってしまいたいのに。
「コーヒー飲む時でも、甘くないもの頼むんだね」
「まあね。そもそもビターだってチョコケーキは充分甘いだろ?」
僕に同意を求めるように言ってのけた彼は、きっと、今日でさえも誰からもお菓子を受け取るつもりは無いんだろう。
「プリンは食べられるんだ?」
「あ、うん。ここのプリンは甘さより卵の味が強くて美味しいから」
「へえ、良いね」
「一口食べる?」
「……え?」
「僕もチョコケーキ、食べてみたいから」
「あ、ああ、うん、じゃあ頂くよ。」
僕のプリンのお皿を相手へ押しやり、代わりに彼のチョコレートケーキをもらった。
ちらりと彼を伺えば、なんてことないように僕のプリンを一口食べている。
それから、ほんとだ美味しいねと言った後、それでも強すぎた甘さをかき消すようにコーヒーを飲んだ。
見届けてから、彼のケーキを一口貰う。
にっが。
カカオ100%のチョコレートでも使ってんのかってくらい苦い。甘みを見出せない。
それでも僕は美味しいねと言ってお皿を彼に返した。これをコーヒーのお供に選ぶ彼の味覚は分からなくなったが。
戻ってきた僕のプリンを食べれば、主張の強すぎない甘みが僕の口の中を癒やした。
決して強すぎない甘み。
「君は、ある程度なら甘くても食べられるみたいだね」
「あ……うん、このプリンくらいなら美味しく食べられるよ」
「そうか、なら今日はそれは沢山のチョコレートを受け取ったんだろうね」
「……え?」
突拍子もないように聞こえた彼の言葉に、思わず僕は聞き返した。
ほら、あれだよ、とまるで僕に思い出させるみたいに彼は言葉を続けた。
「バレンタインデーだよ、今日。
君は見た目も性格も女子に人気だろ、受け取りきれなかったんじゃないか?」
「い……や、そんなこと、ないよ」
「本当にそうかな。実際のところ一体いくつ貰ったんだい?」
「ほんとに……本当にひとつも受け取ってないよ」
そう答えれば、なぜ?とでも言いたげに彼は僕にまだ言葉を促した。
答えきれない。どうはぐらかしたものか。
「……逆で、渡したい人がいたから、受け取らなかったんだよ」
最初のコメントを投稿しよう!