おまけ:その6『記憶喪失?』

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―― ガラッ ―― 「もうすぐ医者が……」 軽いノックをして扉を開ければ、上半身裸にされた姫木が視界に飛び込み、浅見は眉間に指を添えた。 それから、火月が物凄い勢いで乱入してくる。 「てめえは、何してんだっ!」 ぼんやりしていた姫木に慌てて病衣を着せ、火月は天王寺から姫木を守る。 「邪魔をするでない。あと少しであったものを……」 「何があと少しだ! 陸にいかがわしいことしてんなっ」 「如何わしいとは聞き捨てならぬな」 一体何が起こっているのか、状況把握できない姫木は、とりあえず火月を見るが、火月は天王寺を睨んだまま威嚇を止めない。 もちろん邪魔をされた天王寺も、火月を冷たく見つめる。 そして事故が起きる。 「姫を返すのだっ」 「誰が渡すかっ」 奪われた姫木を取り戻すべく、天王寺が姫木の腕を掴み、それをさせまいと、火月も応戦する。狭いベッドの上で引っ張り合いになった姫木は、バランスを崩して床に落下。 「姫ッ!」 「陸ッ!」 「姫木!」 「陸くんっ!」 4人の声が重なった。 全身を打ちつけた姫木は、頭に受けた衝撃に軽い頭痛を感じ、「うう゛っ」と唸り出す。 「しっかりするのだ、姫」 一番に動いたのは天王寺。 床に膝をつき、慌てて姫木を抱き起すと、そっと抱きかかえる。 「痛っ、たぁぁ~」 両手で頭を抱える姫木は、痛みに顔を顰めて目を固く閉じる。 「姫!」 「う゛、っ、……あれ? 天王寺?」 ゆっくりと瞼を開けた姫木は、視界に天王寺を捉えると、なんでいるのかと不思議そうな声を上げた。 「大丈夫か、姫木」 キョロキョロと辺りを見回す姫木を覗き込むように、浅見が見下ろしてくる。 「浅見さんまで? え? 火月に水月も?!」 「もうすぐ医者がくる。尚人、ひとまずベッドに上げろ」 浅見に促され、天王寺は姫木を抱えるとベッドへと乗せた。 「すまぬ、姫」 「あれ? 俺どうしたんだっけ?」 状況が分からなくて、姫木は頭上にクエスチョンマークを浮かべて見せる。そんな姫木に、天王寺と火月が深々と頭を下げた。 「姫に怪我を負わせるつもりなどなかったのだ」 「ごめん陸。俺もそんなつもりじゃなかったんだ」 何の話か全く分からない姫木は、ますます変な顔をしてみせたが、 「どうやら、記憶が戻ったようだな」 の、浅見の一言でただ一人を覗いて、明るくなった。 再度頭を打ち付けたせいで、姫木の記憶は戻り、水月と火月は良かった、良かったと喜んでいたが、天王寺の顔色は浮かない。 そんな雰囲気を感じ、浅見が天王寺に近づく。 「不正行為はいずれ暴かれるぞ」 「そのようなこと、分かっておる。……しかし、姫を娶る絶好の機会であったのだぞ」 「お前に自信がないとは思わなかったな」 浅見は眼鏡の位置を正しながら、天王寺を煽る。姫木を恋に落とせないなんて、弱音を聞くとは思わなかったと。 自分に惚れさせる自信も、愛し通す覚悟もなかったのかと挑発さえ含ませる。 当然、天王寺がそれを黙って聞き入れるはずはなく。 「何を申す。私は姫だけを愛し、私も姫に愛される」 「だったら、卑怯な手に逃げるな」 「どれほどの歳月がかかろうとも、必ずや姫を我が伴侶にする」 天王寺はそう意気込むと、姫木の元へとズカズカと歩み寄る。 「再度怪我などせぬように、今この時より、私が付き添う」 頭上から睨みつける勢いで天王寺は、拒否権はないと言い切る。 「断る!」 もちろん、姫木は完全拒否。天王寺なんかに付き添われたら、どれだけ過保護に扱われるか目に見えて分かる。きっとトイレさえ一人で行かせてもらえなくなる。 病院内をお姫様抱っこで運ばれるなんて、恥ずかしくて死ねると姫木は、絶対の拒否を示す。が、簡単に引き下がるような男じゃない。 「姫に拒否権はないと申したが」 「こんなの大した怪我じゃない。明日から学校に行く」 「怪我が完治するまで、病院から出すわけには行かぬ」 「何勝手なこと言ってんだよ」 「何かあったらどうするつもりなのだ」 「何もないって」 「自己判断は許さぬ。私が安心できるまで傍に置く」 「だから、大丈夫だって……」 「身の回りの世話は、私がすると申しておるのだ。大人しく看病されよ」 「世話ってなんだよ」 「食事、着替え、トイレ、風呂、もろもろ全て私が行う」 「だからぁ~、全部自分でできるってんだろうがっ」 「私はさせぬと申しておる」 「いい加減に……」    ・    ・    ・ 完全に言い争いに発展した会話に誰も入り込めず、冷や汗を浮かべていたら、病室入り口から細い声が届いた。 「診察は後にした方がよろしいですか?」 と、医者でさえ額に汗を浮かべて覗き込んでいた。 「申し訳ありませんが、1時間後に来ていただけると助かります」 言い争いの所要時間を推測した浅見がそっと声を返すと、医者はいそいそと次の患者の元へと向かった。 天王寺家のお知り合いの方とのことで、おそらく姫木は病院から一目置かれている。 その上、天王寺家三男まで居座るとなると、病院の気遣いは大きいだろうと、浅見は誰にも聞こえないため息を吐きつつ、二人の言い争いが良い方向で決着することを願った。 結局、病院には入院するが、天王寺の看護は受けないということで決着がついたが、交換条件はもちろんある。 退院後、ひと月は毎日天王寺に顔を見せるとの条件つき。 つまり、日曜・祝日を除く毎日、天王寺に会いに、元気な姿を見せるためだけに、特別生徒室に行くことを、姫木は渋々承諾していた。 おしまい
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