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おまけ:その1『裸エプロン?』
【※1話の小話になります】
姫からは、相変わらず触れてよいとの許可は降りてないが、共に帰ることは許可がおり、私は迎えを断り、姫と帰る日を幾度かつくれ、とても嬉しく思っていた。
罪を許してもらえたのなら、一番に抱きしめるとも決めている。
して、明日は、帰りに本屋に寄りたいと申していた姫と帰る約束をしている。私はただそれだけで、顔が緩んでしまうのを、気を保って引き締めつつも心が浮足立っていた。
「ただいま戻った」
見慣れた玄関を開け、家路につけば、執事やメイドが迎えに出る。
私の鞄を持ち、上着を脱がせ、家の中へと進む。
それは、何も変わらないただの日常。
だったはずなのだが、本日私はいつもの玄関で呆然と立ち尽くす結果となった。
「おかえりっ」
明るく元気な声がしたかと思うと、奥から白いフリルつきのエプロンをした姫が走ってきたのだ。
一体何事かと、私は自分のもとへと走る姫をただ見つめる。
姫は玄関先まで走ってくると、荒い呼吸を整え、
「はぁ、はぁ、……天王寺、おかえり」
とびきりの笑顔で迎えてくれた。私は跳ね上がる嬉しさと同時に疑問が浮かぶ。
何故、姫が我が家にいるのだろうか?
けれども、姫は笑顔を見せたまま私をじっと見つめてくる。
「ご、ご飯作ったんだけど……」
「姫がかっ」
「初めて作ったから、美味しくないかもしれないけど」
大きな瞳を恥ずかしそうに伏せながら、姫がそんなことを口にする。
味などどうでもよい。姫が私のために料理を振る舞ってくれる、それが美味しくないはずはないのだ。
私は、この世の楽園は今ここにあると知る。
「私を思い作ってくれたのであろう、美味しくないはずはない」
「……でも」
「姫が作ったものは、全て私が食べる」
姫の手料理、他の誰にも食べさせるわけにはいかぬ。
私は断言した。
さすれば、姫は嬉しそうに顔をあげ、こぼれ落ちそうな大きな瞳を、再度私に向けてきた。
「じゃぁ……、ご飯にする? お風呂にする? ……それとも……」
エプロンの裾を掴みながら、姫が熱を帯びたとてつもなく可愛い顔をしてみせる。
頬を赤く染め、照れるように声を濁す。
この後、ご飯が先か、それともお風呂に入るのが先か、姫はそう問いかけ最後を濁した。
「それともとは?」
他に何かすることでもあっただろうかと、私は少々考えたのだが、姫の次の台詞に頭は真っ白と化した。
「それとも、俺にする?」
恥じらいながらエプロンの裾を掴んで、赤らめた頬と上目遣い、ほんのりと濡れている唇でそのようなことを言われ、私は鈍器で頭を殴られたような衝撃に襲われた。
こ、これは、私の理性と精神と忍耐を試しておるのか。
触れてはならぬと、処罰を受けている私に対する挑戦状というのか。
私は一体何を試されておるのだ。困惑する天王寺から何も言葉が返ってこず、姫は上目遣いに見上げ、忍耐を崩壊させる言葉を発した。
「俺じゃ、ダメ……?」
唇に指をあてがい、姫がおねだりするように迫る。
心臓が飛び出しそうになり、呼吸もままならなくなり、首から上が完全に沸騰点を超える。
私は鼻から赤い何かが垂れるのを、必死に手で押さえた。
理性という欠片が残っていなければ、このとてつもなく可愛い姫をすぐにでも抱き上げ、自室へと連れ込み、その熟れた唇を奪って脱がせてしまうところだ。
いや、せっかくの可愛いエプロンだ、エプロンはそのままがよいのでは……、となれば、服だけ脱がせエプロンだけを着せるというのはどうだろうか……。
『見ちゃダメ』
裸にエプロンだけを身に着けた姫が、エプロンの裾を引っ張り、下肢を隠しながら艶良くそんな台詞を妄想の中で放った。
妄想だと分かっていても、私の鼻からは大量の赤い液体が……。
「何を申す! 駄目であるわけがなかろう」
「……じゃあ、俺を食べて」
両手を広げて私に抱きつこうとした姫に、私は理性も完全に手放す。
「姫っ!」
その身体を受け止めようと私は大きく手を広げた。
して、ハッとした。
高鳴る鼓動はそのままに、見慣れた天井が視界に映る。
そこは自室の天井。
私はようやくあれが夢であったと知る。
「……何を考えておるのだ」
右手を顔に覆い被せ、自らの恥を隠すように落胆する。
それでも、アレはとても幸せな夢であったとも思う。あのような姿で、あのようなことを言われたら、私は理性など簡単に失える。その自覚はあった。
現実であったならどれほど良かったかと、私は静かに目を閉じた。
同じ夢など見れるはずもないとわかってはいるが。
「姫に触れられぬ禁断症状が現れておるのか……」
右手で顔を覆ったまま、私は起き上がる。
自分のしたことを忘れたわけではない。友達という距離まで許してくれた姫に、感謝していないわけでもない。
それでも、触れたい、抱きしめたい、キスをしたいという欲望が時々抑えられなくなりそうで怖い。
「姫、本日も愛しておる」
日課のようになった、私の朝の独り言。
伝えられない想いが胸を埋め尽くすため、口に出すことで今日という日を迎える。
そして、本日は昨日より近づけるだろうかと、毎朝願うように部屋を出る。
少しずつで構わない、どうか姫との距離が僅かでも縮まることを祈るばかりである。
いつになるやも分からぬが、恋人になれるように努力するまでと、私は朝の清々しい空に視線を向けた。
天王寺尚人、初めての恋である。
◆◆おまけ、おしまい◆◆
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