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「こ、恋人ッ!」
「如何にも。将来を誓い合った仲なのだ」
恥ずかしげもなく、真剣にそれを口にした天王寺は、愛おしそうに手を両手で包み込む。
当然、姫木は目を丸くして、ワナワナと口元を震わせる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺、男ですよっ」
「そのようなこと知っておる」
「もしかして、天王寺さんって女性とか……」
「女性かどうか確かめてみるか」
掴まれた手が引かれ、天王寺の下肢に導かれそうになって、姫木は慌てて首を振る。そんなところ触りたくないと。だって、どう見たって天王寺は男性だと分かるから。
何、何、何、どうなってんの俺? 姫木は軽い錯乱状態に陥り、一体大学で何があったのだろうかと、必死に記憶を探るが、一向に思い出せない。
「男同士って……」
「互いに惹かれあったのだ、性別など関係ない」
綺麗な顔が眩しくて、姫木は思わず苦笑い。
「互いって、もしかして俺も好きとか?」
「無論である。私たちは深く愛し合っておるのだ」
「愛し……って、嘘、嘘、嘘」
「嘘ではない。あれほどまでに身体を重ねたではないか」
さらに衝撃事実を告げられ、姫木は顔を真っ赤に沸騰させて、止まりそうな心臓を必死に引き留めた。世界には同性愛だって存在するが、まさか自分がその道に進むなんて、思いもよらない現実。
そもそも高校までは、ちゃんと女の子が好きだっただろうと、姫木は心の中で自分に自問する。大学行ったら可愛い彼女作るって……。そう可愛い彼女? が、彼氏に?
目の前にいる超イケメンの天王寺を視界に映しながら、どこで道を誤ったんだと、酷い頭痛が襲う。
「姫から抱いて欲しいと、幾度も申したではないか」
衝撃事実が止まらない。
男と付き合っているのでさえ信じられないのに、自分から抱いて欲しいなどと迫ったのかと、口から泡が噴き出そうだった。
しかも、『姫』ってなんだ?!
完全にパニックになった姫木は、引き攣ったまま軽い痙攣を起こす。だが、そんな姫木にはお構いなしで、天王寺はそっと頬に手を添えてきた。
「記憶などなくとも、私は姫を愛しておる」
「ま、待ってください!」
流されるままキスされそうになって、姫木は慌てて手を伸ばして天王寺を遠ざける。当然拒否された天王寺の眉が動く。
「なにゆえ、拒むのだ」
拒むも何も、状況が全く飲み込めないままで、男からのキスなど受け入れられるか?! と、叫びたかった声は、なんとか抑え込む。
仮にも上級生、しかも生徒会長様。暴言を吐くのだけは何とか制止できた。
「俺、ほんとに思い出せなくて……」
「私を愛しておると、いついかなる時も言葉にしてくれたではないか」
「俺が?」
悲し気に瞼を伏せた天王寺は、いつも愛らしく「好きです」と、口にしていたと話す。ずっとそばに居て離さないで欲しいと、俺だけを見てほしいと、もっと激しく抱いて欲しいと強請るのだと、次々に姫木の知らない姫木を語る。
だから思わず「それ、本当に俺ですか?」と尋ねてしまった。
そうすれば、天王寺はその綺麗な瞳に涙を溜めて、
「誠に私を忘れてしまったのだな、姫」
寂しそうに囁きながら、口元を手で覆った。儚げなその仕草に、俺は少しだけ心を痛める。
何か大切なことを忘れちゃったんだと。
「姫」
小さく囁いた天王寺は、掴んだ姫木の手を引き寄せると、指先に唇を添える。
触れた指先に熱が籠る。男にこんなことされて、気持ち悪いはずなのに、なぜか身体が熱くなって、ドキドキする。
「身体は覚えておるようだな」
真っ赤に染まった顔色と、反応するようにピクッと動いた指先に、喜びを覚えた天王寺は、再度姫木の頬に手を伸ばす。今度は拒絶されない。
姫木はドキドキと高鳴る鼓動が何を意味しているのか、困惑したまま成すがままとなる。
天王寺に触れられた場所が熱い。
「いつものように、口づけが欲しいと申してみよ」
優しく頬を包みながら、天王寺は綺麗に笑う。いつもって、記憶はないがいつも言っていたのだろうかと、変な錯覚を覚えさせられた姫木は、小さく口を開くと、
「……ほし、……い」
キスが欲しいと、消え入りそうな声を促される。
「姫の仰せのままに」
「……んぁっ……」
優しく微笑んだ天王寺は、王子様みたいな台詞を言いながら、姫木の唇に甘い口づけを。
絶対気持ち悪いと思っていたキスは、すごく心地よくて、姫木はそのまま天王寺に身を委ねるように流されていく。
啄むように何度か唇を重ねた天王寺は、耳元に口を寄せる。
「私しか愛さぬと、姫の口から聞きたい」
吐息に混じる声は、甘く低く、とても心地いい。熱に浮かされた姫木は、失った記憶を天王寺に埋められながら、その香りに酔う。
(この香り、……知ってる)
何故かすごく安心できる香りに包まれながら、姫木はやっぱり恋人同士だったんだろうかと、天王寺の言葉を信じていく。
「姫、私と一緒になると、誓うのだ」
「天王寺さんと……」
「死が二人を別つまで、決して離れぬと、離さぬと、今ここで誓うのだ」
結婚式で耳にしたような誓いの言葉。包み込むように触れられながら、天王寺は病衣を脱がしていく。催眠術に掛ったように、姫木は天王寺に言われるまま、その言葉を徐々に受け入れていく。
「俺は天王寺さんと……」
恋に酔うように誓いを立てさせられる、その時だった……。
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