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おまけ:その3『家庭教師』
休日前日、浅見は毎度のことながら気が重くなる。陽が沈むように気持ちが落ちていく。
それもこれも感情豊かになった天王寺尚人のせいであるが。
「いい加減、腹を括ったらどうだ」
先ほどから携帯で何度も何度も文章を打っては消すを繰り返す天王寺に、諦めろと、バッサリと告げる。
「括れるものなら、とっくに括っておる」
「永久の別れではない」
「別れになってしまったら、どう責任を取るつもりなのだ」
グッっと携帯を握り締めて、天王寺が浅見を睨む。
一体天王寺が何をしていたのかというと、大学が休みに入ると、姫木に会えなくなるのが寂しくて、なんとか休日に会えないかと、先ほどからずっと違和感のない誘い文句を考えていたのだ。
例え秀才とは言え、姫木を誘い出す文章が全然纏まらないのだ。
まあ、好きでもない相手からの呼び出しに応えるような奴はいないだろうと、浅見はとっくに諦めてはいたが、飽きれるくらい天王寺は諦めが悪かった。
『一時も離れたくない』と口にしたこともあったが、本当に離れたくないなんて、誰が想像できた。
むしろ、男に恋心を抱いた時点で、気の迷いだろうと少し軽く見ていたのだが、浅見はそれが本気も本気だったことに、今では汗が止まらない。
「かくなる上は、仮病を使うしかあるまい」
病気であると知れば、姫木は絶対会いに来てくれる。天王寺はついに犯罪めいたことまで口にしだし、
「姫木の優しさに付け込むのか、見損なったぞ」
グサリと刺せば、天王寺はガックリと項垂れる。
「私としたことが、そのような下衆な行為に走るとは……」
「素直に諦めたらどうだ」
どう転んでも、休日デートは叶わないと現実を突きつければ、天王寺は膝を抱えるように俯いてしまう。
姫木に一目惚れしてから、天王寺の喜怒哀楽が激しすぎて、浅見の方が驚きっぱなしで、対処法にかなり苦戦していた。長く一緒に居るが、感情をむき出しにするような場面など、ただの一度もなかった天王寺。
(こいつは本当に俺の知ってる、尚人、……なのか?)
俯いたまま動かなくなってしまった天王寺を見つめて、浅見は中身が誰かと入れ替わったんじゃないかと疑いたくなる。
とはいえ、このまま放っておくわけにもいかず、浅見は何かないかと考えを巡らせて、とある職業を思い出す。
「家庭教師、か」
自然と口をでた言葉は、天王寺の顔をあげさせるのに有効であり、ふわりと顔をあげた天王寺が浅見を見る。
「……なんのことか?」
「お前は時々姫木の勉強を見ていると話したな」
「唯一姫と二人で過ごせる時間である」
天王寺は、勉強を見ている時だけ、とても幸せな時間を過ごすと顔を綻ばせる。これを利用しない手はないと、浅見は名案を思い付いたのだ。
「姫木の家庭教師をしてはどうだ」
そうすれば、休日も会えるかもしれないと策を提示すれば、天王寺の瞳が輝いた気がした。
「姫の自室に入れるということなのだな」
「ぁ……ああ、そうだな……」
まさか姫木の部屋に入れるほうに喜びを感じるとは思わず、つい変な声がでてしまったが、浅見はとんでもなく嬉しそうに微笑む天王寺を見ながら、「絶対に手は出すなよ」と、忠告するつもりが、すっかり忘れた。
そう、重大事項の忠告を。
■■■
「クビになった」
それからしばらくして、天王寺はフラフラとよろめきながら特別学友室に入ってくるなり、項垂れるように席に着く。
「クビとは?」
「姫から解雇されたのだ」
一体何の話をしているのかと、浅見は記憶を辿って家庭教師の案件を思い出す。無料で優秀な天王寺尚人という家庭教師を雇えた姫木が、なぜ天王寺をクビに? しかもまだ二回目だろうと、浅見の方が眉間に皺が寄る。
「原因はなんだ」
率直にその原因を問えば、クビの理由はいとも簡単に理解できた。
要約すると、二人きりの部屋で、肌が触れるほどの距離感、至近距離に姫木の愛らしい顔、声があり、おまけにそこにベッドが見えたら欲情したとのこと。
『抱きたい』『抱かせてほしい』『触れるだけでもよい』などと申し出て、解雇を言い渡されたらしい。
「……」
それを聞き、浅見は自分がしっかりと忠告していればと、頭を抱えそうになる。
願望も欲望も持ち合わせていなかったようにみえた天王寺尚人。それが今では願望と欲の塊が口を出る。人生何が起こるか分からないとはよく言ったものだと、浅見は口角が引き攣る。
姫木とは一体何者なのか? 天王寺にとって神なのか? などと、突然姫木の存在が怖くなる。姫木のワガママや指示には従ってしまうのではないかと、嫌な思惑まで思考を塞ぐ。
が、すぐに思い直し、姫木はそんな奴ではなかったと。
天王寺家の財産、地位や名誉にも興味などなく、誰もが距離を置く中、天王寺尚人に普通に接している。いや、むしろ暴言まで吐ける。と、今思い返せば、姫木は大物だと知った。
現に現在進行形で、天王寺をここまで落胆させているのが現状だ。
「私は、軽蔑されてしまったであろうか……」
姫木に嫌われてしまったと、どんどん落ちていく。
「少しここで待っていろ」
落ちた天王寺を放っておくわけにもいかず、浅見は一言だけ告げ、部屋を出て姫木の元へ急ぐ。
運よくすぐに見つけることができ、浅見はすぐに駆け寄る。
「姫木っ」
「浅見さん?」
「少しいいか?」
「なんですか?」
姫木は至って普通に接してくれたので、ひとまず安堵する。それから手短に事情を説明し終え、自分が忠告を忘れてしまったことも謝罪した。
「すまない、俺が抜かった」
「浅見さんのせいでは……」
「いや、俺が悪い」
自分がきちんと制御していればと、眼鏡を押し上げれば、姫木は少しだけ困った顔をした。それでも感触は悪くないと、浅見は率直に尋ねることを決める。
「尚人を軽蔑したか?」
どこまで嫌いになったのか図りたかった。
「軽蔑?! いえ、別に嫌いになったわけじゃ」
「解雇したのだろう」
「俺の部屋で、……へ、へんなことしようとするからだろう」
真っ赤な顔で姫木は、家族がいるのに……、と追加する。つまり、恥ずかしくて? 誰かに見つかったら困ると思ったからなのか? と、浅見は顎に手を添えて考え込む。
「嫌いになったわけではないのか?」
話しの口調から、浅見はそう尋ねる。
「ちゃんと言っとくけど、友達として好きなんだからな!」
顔を真っ赤にして、姫木は友人としてはちゃんと好きだと発言した。それを聞き、浅見はひとまず肩の力を抜く。心底嫌われたわけではなく、ちゃんとまだ好意はもっていたと、安心できた。
それを踏まえて、浅見はとある行動に出る。
「良く聞こえなかった、悪いがもう一度言ってくれないか?」
あんなに大声を出したのに、まさか聞いていなかったと言われ、姫木はムキになる。
「だ~か~ら~、友達なら好きだって言ったんだよっ!」
聞こえたかっ、って、指までさされ、姫木が顔を真っ赤にして声をあげた。
(上出来だ)
浅見は内心で笑みを浮かべ、歪む口元をなんとか抑え、冷静に振舞う。
「聞き入れた」
「それはどうも」
今度は聞こえたと言われ、姫木はホッとしたのか、軽くため息をつく。
「家庭教師の件は、本当に悪かった。俺からも注意しておく」
「そうしてください」
「邪魔をしたな。行ってもいいぞ」
浅見が最後に軽く頭を下げれば、姫木も軽く会釈をして去っていった。残された浅見はポケットから携帯を取り出すと、近くのベンチに腰掛ける。
数分後、足取り軽く特別学友室に戻った浅見は、天王寺を舞い上がらせるほど喜ばせ、満面の笑みになった天王寺と作業を続けることが出来た。
『だ~か~ら~、友達なら好きだって言ったんだよっ!』
先ほど姫木が口にしたこの台詞を録画し、細工を施したのだ。
『好きだって言ったんだよっ!』そう、ここだけ抜き出して、天王寺に聞かせたのだ。
当然好きだと聞かされた天王寺が、上機嫌になったのは言うまでもない。
◆◆おまけ、おしまい◆◆
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