おまけ:その4『学園祭』

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おまけ:その4『学園祭』

「一生のお願い!」 火月は両手を合わせて、俺に深々と頭をさげてきた。 「断るっ」 「陸ぅぅ~、そんなこと言うなよ」 「そもそも俺はサッカー部じゃないだろう……」 ため息を添えて、俺は必死にお願いする火月にそう言った。そもそも俺はほぼ天王寺のせいでサークルに入れていないんだ。 サークル巡りをしたことはあったけど、どこのサークルも俺のバックに天王寺が見え、入部をやんわりと断られた。 「君には向いてないよ」とか「こんなところ楽しくないから」とか、とにかくみんな苦い顔をして、俺を拒んだ。 たぶん、俺が入ったらもれなく天王寺も入部してくる、そうなれば活動がやりにくくなるだけでなく、天王寺に何かあってはいけないと、気を遣うことになり、俺に声をかけようものなら、触れようものなら、天王寺のお咎めがある。そんなところだ。 結局俺は青春を諦め、勉学に励むことを選択したのだった。 「1日だけでいい。これならどうだ」 火月の申し出を引き受けない俺に、妥協策を打ち出してきた。 で、さっきから何をお願いされているかというと、学園祭でサッカー部の催し物に参加してほしいというお願い。 この学園祭には全サークルが全力で取り組むほど、魅力的なご褒美が用意されている。 それは、人気第一位に選ばれたサークルには、要望を一つ無条件で叶えてもらえると言う特典があるのだ。もちろん学校が了承できる範囲内ではあるが。 よって、どこのサークルも学園祭に全力を尽くす。して今年のサッカー部の出し物はというと『イケメン&キレカワ喫茶』という、名前からしてしょうもないものだった。 サッカー部のイケメン男子が執事の恰好でウエイターをこなし、可愛い系男子はメイド服で可愛くウエイトレスを演じるというのだ。 とはいうものの、サッカー部に可愛い系男子が一人しか見つけられず、火月がどこにも所属してない俺に頼みに来たのがそもそもの話の始まり。 イケメン執事になり得る人材は5人も見出したのに、メイドが一人しか見つけられず、これではマズイと現在フリーの可愛い系男子を探しているらしい。 「……なあ、なんで俺なんだよ火月」 「だって、陸ってめちゃめちゃ似合いそうだから」 「それって俺に喧嘩売ってる?」 じと~と睨んでやれば、火月は慌てて後頭部を掻きむしった。 「頼むっ!」 火月は再度頭を下げて、3日間ある学園祭で1日だけでいいから助っ人に入ってくれとまた頭を下げた。しかも火月の口からとんでもない事実を告げられ、俺は目を見開いた。 「水月にも頼んだから」 「水月にも頼んだのかッ」 まさか俺だけじゃなく水月にもお願いしたと言った火月に、俺は怒りというよりは呆れの方が上回った。 水月のことだから、きっと断れずに引き受けたんだろうと思って、俺は普段火月にはお世話になっていることも考慮した上で、1日だけという条件付きで渋々引き受けた。 学園祭当日、天王寺と浅見はモラルを守れない生徒が毎年出るといい、生徒指導の先生たちと手分けして見回りに出るといい、俺と一緒に回れないと残念がっていたが、俺にとってはむしろ好都合。 例え1日だけだとしても、こんな格好見せる訳にはいかない。 「マジでこれ着るんだよな……」 「ねえ火月ちゃん、僕のだけなんか短くない?」 手渡された衣装を手に、俺は顔が引きつり、隣にいた水月は火月を睨んでいた。 そう、水月のメイド服だけミニスカートだったのだ。 「同じ衣装が人数分なくて、仕方なかったんだ。ごめん水月」 「ごめんって、これじゃ足丸出しなんだけどぉ」 「ニーハイとコレ用意したから、これで勘弁してくれ」 謝罪しながら、火月は真っ白なニーハイと、すごいボリュームのふわふわな白のような透明なようなスカートを水月に手渡す。 「何これ?」 ニーハイは分かるとして、もう一つはなんだろうと首を傾げた水月に、スカートの下に履くとそのフリルでいろいろ隠せると説明してくれた。 水月は深い深いため息をつきながら、着替えをはじめ、俺とサッカー部の小柄な男の子も一緒に着替えをはじめた。 3人は紺色に白のエプロンの典型的なメイド服に着替え、頭にもフリル付きのカチューシャを装備して、喫茶室に変わった教室へと出て行く。 会場にはすでに執事に扮したイケメンの姿があり、ウイッグをつけたり、眼鏡を着用したり、スーツのような衣装に身を包んだメンバーがいた。 それは男の俺から見ても見惚れてしまうほどカッコよかった。 「こっちこっち」 更衣室と楽屋のようになっている部屋から出てきた俺たちに気づいた火月が、手招きして呼んだ。 「すげー可愛いって。似合ってるぞ3人とも」 「火月ちゃん、それって褒めてないけど」 男が可愛いなんて言われて嬉しいわけがないんだ、俺たちは冷めた目で火月を見るが、その奥に化け物みたいなメイドを2名見つけて、俺たちは唖然と立ち尽くしてしまった。 そこにいた俺たちと同じ格好をした男たちは、アメフト部のようにガタイがよく、はち切れんばかりにメイド服を着こなして、豪快に笑っていた。 「ああ、あれはお笑い担当だ」 「……お笑いって」 火月が説明してくれたが、俺にはさっぱりわからず無意識に問い返していた。 「やっぱ、笑いも必要だってさ」 イケメンとキレカワ、笑い……、なんだかよく分からなかったが、俺と水月は乾いた笑いを浮かべた。 そして、みんなから「可愛い」と言われながら、俺たちも中心へと集まる。 自然と円陣のように輪が組まれ、キャプテンが静粛にとみんなを静かにさせる。 「去年は惜しくも3位という結果だったが、今年は1位だ!」 『おお──ッ!』 全員の声が重なり、気合十分で学園祭は開幕したのだった。 不慣れな接客だった俺たちも、一時間も経過すれば随分と慣れ、自然とこの状況を楽しみ始めていた。それに、口コミでサッカー部の出し物が面白いと人が人を呼んで、行列ができるほど繁盛していた。 女性はカッコいい執事目当てで、男性はほぼ冷やかしでやってくる。 喫茶店の話題はどんどん広がって、当然天王寺の耳にも入った訳で……。 ── バンッ ── 賑やかな喫茶店内を黙らせたのは、壊れたんじゃないかと思うほどのドアの音。 教室内にいた全員が音のした方へ視線を向け、誰もが凍りつく。だって、そこにいたのは仁王様かと思うほどのオーラを放った天王寺だったから。 (マズイ……) 俺は危険を察知して一歩ずつ下がるが、俺を見つけた天王寺の行動は早い。ズカズカと大股で向かってくると俺の腕を容赦なく掴み上げた。 「痛ッ……」 「ここの責任者は誰ぞッ」 俺の腕を掴み上げたまま、天王寺は低く怒鳴るような声で叫んだ。 「お、俺です……」 かなり怯えたキャプテンがゆっくりと手を挙げれば、天王寺は俺の腕を強引に引きながらキャプテンまで歩く。 「……痛いって」 無理やり掴まれた腕を強引に引っ張られ歩かされ、俺はその痛みに声をあげるが、完全無視だ。天王寺が目の前に迫り、キャプテンはゴクリと唾と息を飲みこみ、真っ青な顔で佇む。ここでサッカー部のメンバーは、大事なことを今更思い出していた。 『姫木は天王寺のお気に入り』 今頃思い出したところで手遅れだと、メンバーは全員が顔を青く染めていた。それに、こんな格好までさせてしまって、打ち首になるかもしれないと、キャプテンは口の中の水分がなくなっていた。 「姫は今をもって私が引き取る、反論はないな」 「はい、そのように」 「して、貴殿は明日特別生徒室に顔を見せよ。よいな」 天王寺は早口にそういうと、人目も気にせずいきなり俺を抱き上げやがった。俗にいうお姫様抱っこ。 「下ろせ~~」 人がたくさんいる中で、こんな格好でお姫様抱っこされるなんて冗談じゃないと、俺は暴れるが、天王寺からとんでもない台詞を吐かれた。 「大人しくせねば、ここで抱く」 「抱くってなんだよっ」 「言葉のとおりだ」 こんなところでひん剥かれたらそれこそ人生が終わる……、俺は有言実行しそうな天王寺が怖くて大人しく連れ去られた。 大股、強歩で向かった先は、特別学友室。 怒っていると分かっていたから、俺は乱暴にソファに投げ捨てられるかと思ったのだが、意外にも天王寺は壊れ物を扱うように俺を静かにソファに降ろしてくれた。 琥珀色の瞳が俺を捉え、ゆっくりと俺に覆いかぶさるように迫る。 「弁解があるのなら、聞いてやらぬこともないが」 静かにそう言った天王寺は、この格好についていいわけがあるなら聞くと告げた。 「これは、火月に頼まれてだな……、仕方なく……」 「無論、この衣装で私に会いに来るつもりであったのだな」 優しく俺の手を掴んだ天王寺は、先ほどまでの鬼のような形相とは打って変わって、穏やかで優しい笑みを浮かべていた。 ここで「そうだ」と返事を返さなければ、俺の身に危険が降りかかる、俺は身の安全と引き換えに嘘とつく。 「そ、そうだよ。……でもバレちゃったらしょうがないだろう」 「そうであったか、すまぬ。姫の話を聞きつけ、私は少々我を失っておった」 天王寺は暴走してしまったと、素直に謝罪。そして、天王寺は徐々に俺の上に乗り上げてきて、掴んだ手に唇を当てた。 「……ぁ」 「そのような姿、とても愛らしいぞ、姫」 「似合わないって、これは冗談のつもりでだな……」 「何を申す、色欲するほど似合っておる」 指に口づけをされ、天王寺の顔が徐々に近づく。色欲って、このまま流されると非常にマズイ展開に発展しそうで、俺はわずかに距離を置く。 「イタズラなんだって、お前を驚かしてやろうと思っただけで」 「誘っておるのではないのか」 「断じて違う!」 俺は全力で否定した。誘うって、誰を、何を、どこへ? そんなこと考えたくもないと首を振る。 さっきから顔を青くしたり赤くしたりする俺に、天王寺はクスリと笑みを溢した。 「私は、何度も姫に恋に落とされる」 「へ……?」 「姫が笑えば恋をする、姫が怒ればまた恋をする、姫が泣いておれば、恋に溺れていくのだ」 優しく頬に手を添えた天王寺は、唇ではなく頬に触れるだけのキスをくれた。 俺の表情が変わるたびに何度も恋に落ちると言った天王寺は、その繰り返しが続き、俺への愛が止まらないと恥ずかしくも俺に言う。 自然と頬が赤くなり、熱くなる。 が、そんな恥じらう俺の足、いや、正確には太ももに妙な感覚が……。 「何してんだっ!」 滑るようにスカートに滑り込ませた天王寺の手が、太ももを撫でていた。 「色欲したと申したであろう」 「冗談じゃない! これはだな、ただのドッキリだ」 「私を本気にさせておいて、何を申す」 「させてない!」 滑り込んできた天王寺の手を必死に押さえつけて、俺は全力防御。……力で勝てるわけないけど、今はなんとか天王寺を冷静にさせないといけないと、俺は「ただのジョークだ」とか、「天王寺の驚いた顔が見たかっただけ」とか「校内を一緒に歩いてやる」とか「腕組くらいならしてもいい」とか、「学園祭デートしよう」とか、もう必死すぎて、いろんな妥協策を次々に口走った。 何でもいいから、この状況から脱出できればいいとだけ考える。 しかし、俺の身体はゆっくりと押し倒され、ソファに完全に沈む。上から見下ろす天王寺は何が嬉しいのか、微笑んでいるように見えた。 「そのような可愛い事を申すと、ますます離せなくなってしまうではないか」 「……は?」 「私を愛しておると、告白しているも同然であるぞ」 綺麗な笑みを浮かべた天王寺は、すごく嬉しそうに俺の頬に手を添える。 この笑みに弱い。だって、本当に嬉しそうに笑うんだ天王寺は。 だから 「っん……」 いつもキスを許してしまう。 重なる口づけは徐々に深くなり、太ももを撫でていた手は滑るように俺の下着の中に入り込んで…… 「ンっ……んんッ、離せ……」 学校で、しかも借りている衣装でなんて出来るかぁぁ! と、俺は全力で天王寺を突っぱねるが、俺の抵抗なんてこいつには全く通じない。 「このように、手を差し入れる罪悪感もまた欲情させる」 スカートの中に手を差し込む光景は、確かに卑猥な感じがして、すごく恥ずかしいと感じてしまう。 されてることはいつもと同じなのに、見えない動きと、スカートのフリルが揺れるのがすごく気持ちを高ぶらせていく。 「やだっ……、触んな」 「いつもより感じておるのだな」 「……違ッ、んぁっ……、ダメだって、これ借りもの……」 「心配無用だ。この衣装は私が買い取る」 よって、存分に汚して構わないと言い放った天王寺は、そのまま俺を好き放題しやがった。 ■■■ 翌日、サッカー部のキャプテンは言葉通り、特別学友室に顔を見せていた。 姫木にあんな恰好をさせてしまったことについて、お咎めを受けると思い、覚悟を決めてやってきたのだが、天王寺から問われたのは、 『姫にあのような衣装を着せる手段を教えよ』 だったという。 一体何をどうしたら、姫木に可愛い衣装を着せることができるのかと、天王寺は真顔で聞いたというが、そもそもあの依頼は火月が成し遂げたもの、キャプテンは素直に火月の名前を述べ、その後、火月は天王寺に追われる身となったという。 「着せたい服があるなら、直接本人に頼めばいいだろう……」 「死んでも着ないと拒否されたのだ。よって手を貸せと申しておる」 「あんたは、陸に何を着せたいんだよ」 「無論、花嫁衣裳に決まっておろう」 真剣そのもので言われた台詞に、火月は顔が青ざめて、猛ダッシュで逃走。 ウエディングドレスを着せるとか、絶対無理だと分かったからだ。 ◆◆おまけ、おしまい◆◆
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