おまけ:その6『記憶喪失?』

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おまけ:その6『記憶喪失?』

「誰?」 病室に入って開口一番に言われた台詞。 天王寺は思わず足を止め、入り口に佇んでしまった。 姫木の頭に巻かれた包帯が、その事故の衝撃を物語っている。 事故の詳細は不明。誰かを庇って階段を落ちたと知らせを受けたのは、正午。その時すでに姫木は病院へと搬送されたと聞き、天王寺は浅見とともに病院へと向かったのだ。 診察を終え、軽傷との判断が下されたが、まさか記憶が飛んでいるなど、天王寺が病室に入るまで誰も予想すらできなかった。 火月と水月のことはしっかりと覚えている。だが、天王寺と浅見のことは一切覚えていなかった。 つまり、大学での記憶が抜けていたのだ。 「覚えておらぬのか……」 ゆっくりと病室に足を進めた天王寺は、若干狼狽えるように姫木に近寄る。 「あ、あの、すみません。全然思い出せない」 後頭部を掻きながら、申し訳なさそうに謝罪した姫木は、どちら様でしょうか? と、尋ねてくる。その言葉も瞳も嘘をついているようには見えない。天王寺は忘れられてしまった自身の存在に、動揺が隠せずつい口を閉じてしまう。 「姫木、大学のことは覚えているか?」 「大学? 俺、大学受かったのか?!」 「そうだぜ、俺たち同じ大学に行けたんだ」 やはり、入学以前の記憶しか残っていないことを知り、浅見は眼鏡を押し上げて軽い息を吐き、火月は姫木に詰め寄り、水月も一緒に通えてるんだと話した。 「それじゃあ、三人一緒なのか!」 「そうだよ、みんなで同じ大学なの」 「まあ、学部は違うけどな」 それぞれ目指すものが違う、だから学科は別れるが、同じ大学には変わらないと話した双子に、姫木は万歳をする勢いで喜んだ。 「盛り上がっているところ申し訳ないが、自己紹介をしてもいいか」 完全停止してしまった天王寺の背中を軽く押して、浅見が姫木の前に出る。 「私は3年の浅見冬至也だ。高等学校で例えるなら、副会長をしている者だ」 「副会長、さん?」 軽く会釈をした浅見は、次はお前だと天王寺に視線を促す。それを受け、天王寺もまた背筋を張ってなんとか声を出した。 「冬至也に習い、私は生徒会長の天王寺尚人だ」 「副会長さんに、生徒会長さん……。えっと、す、すみません」 何を思ったのか、姫木はいきなり頭を下げて深く謝罪をして見せた。 「陸くん?」 驚いた水月が声をかければ、姫木は泣きそうな顔を上げた。 「ご迷惑をおかけしました」 「姫木?」 「構内で事故が起きたから、心配で来てくださったんですよね」 普段の姫木とは変わり、丁寧な言葉で何度も何度も謝罪し、本当にすみませんと謝り続ける。 それから、 「俺なら、ちょっと記憶飛んじゃってるけど、大丈夫ですから、学校に戻ってください」 と、天王寺と浅見にお帰りいただくように促す。 それを聞き、天王寺がフラフラと姫木のベッドに近づいた。 「誠に覚えておらぬというのか……」 「……?」 悲し気な瞳で見つめれ、姫木は首を傾げる。そこまで心配してくれなくても、身体に異常はないと医者に言われていたし、痛みもそれほどないので、問題ないと思うけどと、不思議な顔を向けてしまう。 じっと見つめられたまま止まってしまった天王寺に、なんだか気恥ずかしくなった姫木は、両手を天王寺に伸ばして、 「ほんと、大丈夫ですから。夕方には両親も来てくれますし……」 大した怪我でもなかったし、あまり大ごとにして欲しくなくて、二人には早々に帰って欲しいと、精一杯押し返した。 だが、天王寺はその場に佇んだまま、ピクリとも動かない。 「あ、あの。ほんと大丈夫……」 「話がある。皆、退出願えるか」 押し返した手を掴まれ、天王寺は唇を噛み締めて、浅見、火月、水月に病室から出て行くように願う。 あれほど想いを寄せていた姫木に、存在を忘れられた。その心は痛みさえ覚え、3人は暗黙の了解で静かに病室を出て行った。 病室に二人きりとなると、天王寺はおもむろにベッドに軽く腰かけ、姫木との距離縮めた。 「え~、と」 正直、怖いと感じてしまった姫木は、少しだけ身体を退くが、掴まれた手はぎゅ~と握られて、離してもらえない。 「単刀直入に申す。私と姫は恋人である」 じっと見つめられたまま口にされた言葉に、姫木は鈍器で殴られたような衝撃が走った。
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