久遠の図書館1(母への手紙編)

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久遠の図書館1(母への手紙編)

長い闘病生活をしていた母が亡くなった。 もっと早く病院に行っていたなら助かっていたかもしれない。 優しかった母は消え、日々繰り返す後悔だけが残った。 母が他界して数日後の夕方。 僕は気を紛らわす為に、近くの商店街をブラブラしていた。 いつもなら迷わない帰り道だが、母の事を考えていたのか、その日は何故か違う道を曲がってしまい、見知らぬ路地に出た。 その路地に立ち並ぶお店は、古いデザインの看板をぶら下げており、何ともノスタルジックで不思議な雰囲気だった。 何かに導かれる様に路地の突き当たりまで来ると、小さな図書館に着いた。 普段は図書館には行かないが、バロック調のお洒落な造りが何となく気に入って、中に入ってみた。 「こんにちは」 静かな館内に僕の声が響く。どうやら受付の人も、お客さんもいない様だ。 目の前に置いてあった“ニュウジョウリョウ百圓”の箱を見つけ、僕は百円を入れてスリッパに履き替え、中に入った。 部屋に入ると大きな机があり、机を囲む様に沢山の椅子が並べられていた。周りを見ると本棚には本が入っておらず、ガランとした室内だった。 「改装中?まだオープンしてない?」 ふとそんな事が頭によぎった。 コツコツコツ…廊下を誰かが歩いて来る。パンプスの音?足音からして恐らく女性だろうか。 「あら、お客様がいるわ」 ボブカットの若い女の子が部屋に入って来た。服装はリボンのついた茶色のジャケットに茶色のスカート、手には本を1冊持っている。 「すみません、閉館してましたか?」 「勝手に入ってしまって」 女の子は何も言わず、テーブルをくるりと見渡すと、僕に向かってこう言った。 「あなた、過去患いしてるわね」 「かこわずらい?」 「あなたは過去に選択を間違えて、それを今も後悔している」 「いや、そんな事は…」 僕は母の事を考えていた。母の病気は早期発見ならば投薬治療で完治していた。何故僕は調子の悪そうな母に、病院に行こうとあの時言えなかったのか。 「見てみましょうか」 「え?」 彼女は手に持っていたハードカバーの本を開き、ペラペラとページをめくった。 「この本はね…あなたのストーリー」 「あなたの過去や未来が小説の様に綴ってあるわ」 彼女はあるページでピタっと手を止め、その部分を見ながら頷いていた。 「あなた、お母さんを最近なくしたのね…」 「何故もっと早く病院に行かなかったのか…って書いてある」 「当たりかしら?」 「そんな…まさか…」 僕は彼女の見ている本が気になり、手に取ろうとした。しかし彼女は本を抱え、スルリと僕の手から逃れた。 「その本、見せて貰えませんか?」 「ダメよ。あなたの最期まで書いてあるもの」 「僕が死ぬ時…?」 「そう、あなたのラスト」 彼女は本を抱えてコツコツとパンプスを鳴らしながら歩き、スカートを広げて椅子に座った。 本を机に置くと、懐から一枚の金色の栞(しおり)を出し、僕に見せた。 「あなたにこの栞をあげるわ」 「この栞には不思議な力があるの」 「不思議な力?」 「そう、この本に挟めばあなたが行きたいページに飛べる」 「過去だって未来だって行けるわ」 「あなたがリライト(書換)したいページがあればだけど」 「本当にそんな事できるんですか?」 彼女は僕に栞を渡し、頷いた。 「なら!行きたいページがあります!」 「いいわよ…」 「但し、それなりの代償を払ってもらうわ」 「代償?」 彼女は席を立ち、隣の部屋の扉の前に行き、クイクイっと僕を手招きした。 僕は呼ばれるがまま彼女の後ろに立ち、隣の部屋を覗いた。 そこには椅子が一つ置いてあり、手足を拘束する革のバンドが取り付けてあった。 部屋にはノコギリやハンマー、ナイフ、ペンチ等あらゆる工具が壁にかけてある。 「これって…」 「そう、あなたの体の一部を貰うわ」 僕は唾を飲み込んだ。要するに、手か足か体の一部が代償と言う事らしい。 「どうする?やる?」 「……」 長い時間考えて、答えが出るのだろうか。いや、もう答えは出ていた。 あとは僕の覚悟だけだ。 「やります。どうしてもリライトしたい過去があるんです」 「お母さんを助けたいんです!」 「代償は手が良い?足が良い?」 「……」 「足で…」 「了解…じゃあ、あなたが本のページから戻ってきたらやりましょう」 重大な決め事は淡々と進み。彼女から栞の説明を受けた。 「あなたの行動制限ページは三ページ」 「本の中では三ページしかあなたは滞在できない」 「三ページしか?!えらく短いですね…」 「そうよ、本来は栞を使ったあなたはこのストーリーの登場人物ではないから」 「あなたはイレギュラーなの」 「登場人物にあなただと悟られた場合、この本は消える」 「すなわち、あなたはこの世から消えるわ」 「以上がこの栞のルールよ」 「その栞、何度も使えるんですか?」 「一枚しかないわ。一回だけよ」 僕はどのページに飛ぶか考えた。本に入った瞬間から全ての僕の行動は文字化され、制限文字数が減っていく。立ち止まっていても文字に表されるのだ。 無駄な文字数は無い、一番効率が良く、病気が発覚するページに飛ばないといけない。 僕は暫く考え、鞄からある物を出し、彼女に行きたいページを伝えた。 「僕は桐山 雅彦(きりやま まさひこ)」 「私は芥川 ユミ、よろしくね」 そう言うと彼女はニッコリ笑って本に栞を挟み、僕は目を閉じた。 久遠の図書館1 (母への手紙編) 終
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