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久遠の図書館2(母への手紙編)
眩い光の中で目を開けると、僕の目の前には幼稚園のお遊戯会の舞台の上でセリフを忘れて、泣いている小さな僕がいる。
僕は観客席の端に座り、その様子を見ていた。昨日夜遅くまで母と演技の練習をしたのに、僕は舞台に立った緊張でセリフを忘れてしまっていたのだ。
隣を見ると、そこには母が座っていた。
母は両拳を握り、僕にがんばれと応援している。僕はそれを見てフードを深く被り、僕の表情が見えない様に下を向いた。
お遊戯会の舞台が終わり、観客席の方に泣きながら歩いてくる僕を見て、母はこう言った。
「雅彦が一番光っていたよ。みんなよりも沢山光ってた」
「だって雅彦はあんなに頑張って練習したんだから、お母さんだけはそれを知っているからね」
小さな僕は泣きべそをかいて頷いた。お母さんは僕と手を繋ぎ、引き寄せ、抱きしめてくれた。
僕がジャンプしたページは過去の母との思い出の中で、一番好きなシーンだった。会場が明るくなり皆が退出する時になった。僕は席を立つ時に、気付かれない様に母のカバンに写真を一枚入れた。
右手を見ると、いつの間にか手に持っていた栞が赤く光り、恐らく三ページ目に僕がいる事を教えてくれていた。
「お母さん、ありがとう」
「この時のお母さんの笑顔も、沢山光っていたよ」
目の前が一瞬真っ暗になり、気が付くと僕は先程までいた図書館に戻っていた。
隣で本をパタンと閉じたユミは、笑顔で僕に向けこう言う。
「どうだった?上手くいった?」
「どうかな、でもきっとお母さんは気付いてくれる」
「もう一度元気なお母さんの笑顔に会えたから良かった」
ユミは頷き、僕の手を強く握った。
「あなたが満足したなら良いわ」
「さぁ、約束の時間よ」
僕は隣の部屋に連れていかれ、椅子に座らされ、両手足に拘束具を取り付けられた。
「覚悟は良いかしら?」
「ああ…」
「情けで麻酔はしてあげる」
僕は腕に麻酔の注射を打たれ、意識が朦朧とする中、ユミの顔を見て尋ねる。
「…お前は天使なのか?悪魔なのか?」
「さぁ?読む人によって感想は違うんじゃない?」
「はは…何だよ、それ」
ユミの声が徐々に遠のき、飛びゆく意識の中、僕は天井の明かりを見ていた。それはあのお遊戯会の舞台の明かりと何故か重なり、僕はやがて言葉(セリフ)を失った。
僕が目を覚ますと、隣町のバス停の椅子に座っていた。すぐに足を確認したが、何故か両足は無事だった。
「どういう事…?」
この状況を把握するまでには時間がかかったが、一枚の栞が僕の膝に置いてある事に気付いた。そこには鉛筆でこう書いてある。
おはよう雅彦君。あなたの思い出の三ページ、とても良かった。ちなみにこの代償はもう既に入口で頂いてるわ。私は自分を犠牲にしてでも助けたいと言うあなたの気持ちが見たかっただけ、ハッピーエンドにして欲しかったから。騙してごめんなさい。
「代償は入口でもらってる?」
僕は百円を入れた入口の箱を思い出した。あれが今回の代償だった。きっと最初から代償なんて物は必要なかったんだ。
彼女は本が好きで、ただ良い物語を読みたかっただけだった。
「自分勝手な悪魔じゃないか、やっぱり」
僕はそっと笑みを浮かべながら帰路についた。
家に帰ると、ドアの鍵が既に開いていた。
少しの期待を胸に、リビングに行くと、昼間の仕事で疲れて眠る母の姿があった。
ふと母の手を見ると、写真が握られている。それは僕が本の中で母に渡した写真で、病院で亡くなる前に僕と一緒に撮影した痩せ細った母の最後の笑顔の写真だった。
それを見て僕は声を出して泣いた。
母は何も言わずとも僕の想いの全てを理解してくれていたのだ。僕が小さい時も、大人になっても。
「お母さん、病院に行ったんだ…良かった…本当に…」
僕は母の手に触れて、これが現実だと理解し、今日からまた、僕のストーリーには母との思い出が加筆される事になった。
どれだけ探しても、あの図書館にはもう行けなかったが、また何処かで誰かの新しいストーリーが生まれている事だろう。
久遠の図書館2 (母への手紙編) 終
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