チューリングの密室

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「最後の単元に入る前に、すこし雑談をしようか」  画面越しの数学教師は、教卓に手をついて前傾姿勢になった。 「昨今は昔では想像できない早さで機械化が進んできている。そんな世界のなかで、教育は機械にとって変わられるか、という話題だ。もしかすると、私は人間ではなく、AIが作ったものかもしれない。この映像は、AIが授業内容を組み立てて、適当に動画化して、見せているだけかもしれない。想像してごらん、AIが人間に教えているのかもしれない。それは少し奇妙じゃないかな」  先生は機械が作ったプログラムかもしれない。  そのことを考える。  考えるための材料を集める。  重要な手がかりはすぐに見つかった。  この映像がAIによって作ったものなら、画面内にAIマークが入っているはずだ。AIによる作成物につけられるマークだ。  どこを探しても、それはない。  だから違う。  そう結論をだした。 「君たちはもしかすると、AIマークが無いから、違う。そう思った人もいるかもしれない。でも、画面内にマークがないと、果たして言い切れるだろうか。人間の目には構造的に映像を捉えられない場所、盲点がそんざいする。両目でみることで、その盲点を補っているわけだ。でも重要器官である目でも、完璧じゃないんだ。神経や脳だって、盲点が存在してもおかしくはないだろう。それらを利用して、あるものを見えなくする技術が。そんなものがあってもおかしくはない。昨今なら特にね。最近、空飛ぶ黒いダイアについて、彼らを認識できなくさせることに成功した、という発表があったね。そんな世界だ。AIマークの有無が、私が人間かどうかの判断基準になるかは、いささか疑問ではある」  そう先生が言うと、チャットで質問が入った。  この世界のどこかで、同時視聴しているであろう、学生からの質問だ。  ――先生は、自分のことをAIだと思いますか?  その質問に、先生は笑って答えた。 「良い質問だね。思ってはいないよ。でも、それもまた、私がAIの作成物だという判断材料にはならないんじゃないかな。私には記憶がある。だから自分を人間だと思っている。でも、それはすべて私の感覚だ。それが本物かどうかは、私は判断できないん。真の嘘つきは、自分を嘘つきとは、分からないようにね」  真の嘘つきは、自分を嘘つきとはわからない。  その例えを聞いて。  先生は人間だ、と感じた。  自分で自分の首を絞める。なんて。  人間らしさのひとつだ。そう感じる。 「さて。なんでこんな話をしたのかって。昨今の話題について触れたいっていうのもそうなんだけど。それ以上に、みんなには考えるクセをつけて貰いたかったからなんだ。キミたちが今学んでいる数学は答えが必ずある。自分で答えを出して、それが正しいか確認ができる。間違っていても、正しい考え方を学べる。でも本当の数学は、答えがないものも多い。自分で問題をつくり、その問題を考え続けて、すこしずつ答えに辿り着いていくんものなんだ。  考えること。  これを忘れないでほしい。  マルだ、バツだ。  それも大切かもしれないけど、みんなにはその先に進んでほしいと思っている。そう思ってこの話をしました。  ごめんね、長くなっちゃったね」  先生はそう言ってから、時計を見た。  それから、崩れ落ちた。  授業終了まで1分と23秒前だった。  残り時間で、先生がやったことは。 「・・・・・・授業を終わります」  チャットが賑わう。  先生は絶望にうちひしがれている。  ボクは、この先生が好きだった。  誰も気にしなさそうなことを、変に気にして考える。  ちょっと変だ。  だから素敵だと思っていた。  チャット欄に言葉を表示させる。  ――こんな無駄なことを、真剣に伝えようとしてくれる先生は絶対、AIではないです。先生は、人間です。  それに。  先生はひとつ間違いを言いました。  真の嘘つきは、自分を嘘つきとはわからない。  それが真実かの判断は難しいです。  ですが。  AIは、3分も出力データがあれば、相手がAIかどうか判断できるんです。  先生はAIじゃない。  だから先生は人間です。  その言葉は、バックスペースで虚空に消えた。
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