箱の恋

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一人暮らしが大好きな桜おばあさんは、一人ぼっちでいることが、だから、ぜんぜん寂しくなんてありませんでした。 いくら朝寝坊をしようが、ご飯の支度が遅れようが、誰も文句を言う人はいない。 日々欠かせないお散歩や、昔馴染みのお友達との長電話、気が向くままの庭いじり等々、やりたい時にやれる満足感は格別なもの、そうやって満ち足りた気持のまま、一日が終わり、さあ、今夜はどんないい夢がみられることやら、と眠りにつける満足感は格別のものでした。 経済生活についても、数年前に亡くなった配偶者であったおじいさんからの年金で過不足がない。残してくれた家屋敷も一人住まいには贅沢なほどにも、ゆったりのびのび、桜おばあさんに、幸福感を与えてくれます。 あしたもあさっても、1年先も2年先も、こんな暮らしが続いて行くのなら、何も不満はない。 のんびりあくびをしながら、桜おばあさんは、さて、今日は朝から何をしようかな、と一人でいることの至福を思うのでした。 そんな〝ひとりぼっち愛好者〟の桜おばあさんのもとに、ある日、唐突にも、侵入者がやってきました。 一人きりいる孫のモリちゃんが、こんちはーとやってきて――いえ、侵入者というのは、そのモリちゃんのことではありません。 長男夫婦とは折り合いが良くない桜おばあさんでしたが、その一人っ子であるモリちゃんとはなんだか気が合う。 幾晩でも泊ってっていいよ、と一人ぼっちで寝起きするのが大好きな桜おばあさんも、モリちゃんは別格的存在なのでした。 さて、そのモリちゃんが、やってきたかと思うと、 「これ、おみやげね」と1個の四角い箱をストンと居間に置いたりするのでした。 それは、何の変哲もない箱、色は黒、さほど重くもなさそう。 「桜ママ、きっと気に入ると思うよ」 モリちゃんはうきうきとした口調で言いました。 そう、桜ママ、モリちゃんは、幼稚園の頃からか、おばあちゃんでも、バーバでもなく、桜おばあさんのことをそう呼び、短大生となった今もそうなのですが、桜おばあさんはその呼び名が気に入っていました。 そんなモリちゃんが、 「うん、桜ママ、そうなんだよ、とってもいいものが入ってるんだよ」 と勿体ぶっておもむろにその箱のフタを開けようとする。 「さあ、目を閉じて。わたしが、いいって言ったら、目を開けて」と勿体ぶるようそんな風に焦らしもします。 「ヤダヨー。目を開けた途端、びっくり人形とかが、ハーイって飛び出てくるんじゃないだろうね」 かわいい孫娘の言うことですから、桜おばあさんは、そう言いながら、ニコニコとするばかり。 「これ、何?」と訊けば、 「コレって、箱」 モリちゃんは、あっさりこたえます。 「何をするもの?」 「何でも出来ちゃうもの」 「何でも?」 「そうだよ、使い方、いや、そんな言い方はよくないかな。うん、使い方じゃなくって、付き合いの仕方次第で、と言うべきだね」 モリちゃんが何を言いたいのかよくわからない桜おばあさんでしたが、論より証拠とモリちゃんは、箱に向かって語り掛けます。 「箱さん箱さん、お目覚めまだかな。お目覚めならば、おはよーと言っておくれ」 な、何をやってるの、モリちゃん。桜おばあさんは、かわいい孫娘が急に頭を可笑しくしてしまったのかと不安になりました。 モリちゃんは構わず、箱さん箱さんの語り掛けを止めません。10回以上も繰り返したところで、ようやく諦めたのか、今日は調子が悪いようだねと箱をポンと叩く。すると、オハヨーと声がしました。 「あら、お返事が出来るのね」 驚く桜おばあさんに、これくらい朝飯前よとモリちゃんは、ようやく一声を発した箱さんに、ホッとしたようなまなざしを向けました。 「誰かの発明品なの? このお箱は」 「ま、そんなとこ」 モリちゃんは頷いて、通っている短大の近くにある大学の学生が、その発明者なのだと自慢気な口調で教えました。 「彼って、工学部の3年生。アタマ、いいのよ」 と顔を綻ばせます。「 ああ、恋人なのかな、と見当付ける桜おばあさんに、モリちゃんは案の定、 「まあ、彼氏さんってとこかな」 とあっさり打ち明けました。 ちいさな頃から、桜ママ桜ママと甘えてばかりいた孫娘が、こうして、恋人・彼氏さんの存在をあっけらかんと伝える――桜おばあさんは時の流れを感じ、カンガイ深げな溜息など付きそうになる、その時、 〝とっても、トッテモ、イイひとですよ。なにしろ、このワタクシをこの世に送り出してくれた御方ですからネ〟と箱さんが言葉を挿みます。 あらあら、お達者なおしゃべり振りだこと、と桜おばあさんはもう感心するばかり、思わず箱さんのアタマに当たろうかという部分を、撫で撫でして差し上げますと、 〝ありがとう。ワタクシはとってもウレシイ〟とちゃんとお礼を言ってくれます。 「気が合ったみたいだね。ヨカッター」 モリちゃんは手を叩き、桜ママと一緒に暮らしたりできそうだね、とあっけらかんと言いました。 「え、暮らす? わたしとこの箱さんが?」 「そうだよ。そのつもりで、持ってきたの」 そ、そんな。桜おばあさんは、少し尻込みしそうになりました。大好きな独り暮らしが、そうでなくなってしまうのか。何の変哲もないとみえそうでありながら、何しろこうして立派に言葉をしゃべれる箱なのです。 桜おばあさんの戸惑いの表情を見透かしてか、モリちゃんは言うのでした。 「わたしを、安心させてよ」 「あんしん?」 「そうだよ。桜ママは、いつだってとっても元気だけれど、やっぱりね、寄る年波ってものはあるのだからね。いつ何時、もしものことがあるのかわからない」 「もしものことがあったら、どうなるっていうのよ」 「だからー、その時はこの箱さんが、桜ママさんが大変ですって、わたしにお知らせしてくれるのよ」 「ど、どうやって?」 「まあ、テレパシーみたいなものじゃない。くわしいことはわたしもよくわからないんだけど、とにかく、そういう有り難い機能を持っているのよ、この箱さんは」 「ふーん、そうかい」 ともあれ、自分にとって、まずまずと不利益になるものではなさそうではないかと桜おばあさんは、ヒト息付いて、ちゃっかり思うようなところがありましたが、それにしても、穏やかな一人暮らしに、思いがけずの侵入者が登場してきたことは間違いない、プライバシーを覗かれたりするのは、やっぱりイヤだなと承諾の返事をまだしないでいると、大好きな桜ママの心中など易々と見抜くことのできるモリちゃんは、 「シンパイいらないよ。桜ママが話し掛けたりしないかぎり、この箱さんは、自分からしゃべったりしない。ほらね、ここの辺りをこうしてやるとね」 そういったかと思うと、さっき桜おばあさんが撫で撫でしたあげた箱さんのてっぺん、アタマに当たるような部分を、ポンと叩きます。 「そう、こうしてやるとね、この箱さんは、ダンマリさんになるの。そしてね、何かおしゃべりをしたいって時は、またおんなじように、おんなじ所を叩く。それでいいんだよ」 ふうん、そうかい、と桜おばあさんが頷いたのを、モリちゃんはOKの返事とみなしたのか、「じゃあ、仲良くしてね、何か困ったことでもあれば、連絡して」 と言って、そそくさと帰って行きそうになるのでしたが、あ、そうだともうひと声発して、 箱さん箱さんって呼んでばかりいるのもどうかと思うから、お名前をね、付けてあげてもいいね、と微笑みました。 そ、そんな名前だなんて、とまた戸惑う桜おばあさんにかまわず、 「コレってね、世間ではね、AI、うん、エーアイって呼ばれてて、だから、アイさんとかなんとかそんな名前にしたらいいかもね」とあっさり決め込むと、じゃあね、と手を振り、今度は本当に帰って行きました。 アイさんねえ。 居間の片隅に置かれた黒く大きくもない箱を見るたび、桜おばあさんの戸惑いは増すばかりでした。 どこから見ても、何の変哲もなしの箱にしか見えないそれは、しかし、ポンと頭のてっぺん辺りを叩いてやれば、言葉をしゃべる。 けだし、タダモノではないと思うしかない。 とは言え、自分の視界に入れなければ、つまり無視してやっていれば、どうということもないのだ、そう思ったりもするのでしたが、何しろ、この自分に緊急事態が発生すれば、テレパシーのようなものを使って、モリちゃんへと、この箱さん、いえアイさんは連絡を取るとのこと。と、したなら、黒く大きくもないこの箱のどこかには、やっぱり眼のようなものがあって、言葉をしゃべらない時でも、この自分は、このアイさんから見られている、そう、監視されているということなのか、と思えば、また落ち着かないキモチがふくらんでいきます。 「あなたの眼は、そう、オメメちゃんは何処だろうね」 思わず話し掛けてしまい、ハッとする桜おばあさんでしたが、話し掛けながら、箱のてっぺんと言わず、横の部分や、それからちょっと持ち上げたりもして、底の部分を点検してみたりしているうち、図らずも手が滑るという感じにも、桜おばあさんは、つい箱のてっぺんをポンと叩くような動作をしてしまいました。 ハッとする間もなく、声がしました。 「あー。ありがとうございます。やっと、こうしてお話ができることにカンシャいたします。ほんとにサンクス、ありがとう」 「イ、イエ、どういたしまして」 またも思わずそんな答え方をしてしまう桜おばあさんに向かって、箱さん、いえアイさんは、 「あー、キモチがいい。こんなに声が出せることは、やっぱり、やっぱり、ホントにキモチがよろしいものです」 と言ったかと思うと、体というのか、箱全体を震わせる。 ああ、きっとこうやって、感謝の思いを表しているのね、お辞儀でもしているつもりなのね、と桜おばあさんは見当付けます。そうしますと、 「どうぞ、よろしくね、何かとお世話になるかもしれないわ」 自分から、迎合するような言葉を発してしまい、あらシマッタと即座に反省するのでしたが、箱さんは、いえアイさんは、 「イエイエ、とんでもないことでございます。お世話になるのは、こちらの方かと」と謙虚な態度を見せて、今一度箱全体を震わせる。 「まあ、仲良くやっていきましょう」 桜おばあさんも笑顔にならずにいられませんでした。 まんざらでもない日々――桜おばあさんは日に日に、そんな思いを抱いて行くようになりました。 箱さんの、いえアイさんのテッペンサン(と箱のてっぺんを、桜おばあさんはいつの間にやらそう呼ぶようになっていたのですが)、そのテッペンサンをポンと叩けば、おしゃべりができる、またポンと叩けば、自分一人の時間に戻れる。これはなかなか快適な環境ではないのかしらと思わずにいられない。 もちろん、自分に万一の事態が起これば、速やかに、テレパシーのようなものを使って、モリちゃんに連絡が行く、この安心感も捨てがたい。 「そう、そうなのね」と笑顔を大きくする桜おばあさんに、 「やっぱり、凄い人なのですよ」 と箱さんを、いえアイさんを拵えた、発明者の学生さんのことを言います。 「その人って、どんなヒト?」 何しろ、かわいい孫娘の恋人であるらしい御方のことなのですから、桜おばあさんも興味津々です。 「そうですね。ほんとに凄い方……でも、見た目などは地味な雰囲気で……でも、だからこそ、聡明な感じも十分で」 少々甘い口調で教える風の箱さん、いえアイさんの様子に、桜おばあさんは、ハッとしました。 「あ、あなた。もしかしたら」 「見抜かれてしまいましたか、そうですよ、ワタクシは」 「恋ごころ、をいだいているのね。その発明者の学生さんに」 「ハイ、だから、はっきり言って、嫉妬の思いも抱いているのです。あなたのお孫さんに」 「あっらー」 桜おばあさんの頓狂な声音をよそに、箱さん、いえアイさんは、それから急に黙り込んでしまいます。 思いがけずの打ち明け話を照れくさく思ったでしょうか。ともあれ、テッペンサンを、ポンポンと幾度撫でようとも叩こうともウンともスンとも言いません。 故障しちゃったのだろうか。桜おばあさんは心配になり、さっそくモリちゃんに連絡しましたところ、当の発明者の学生さんが、じきじきそちらに行って、様子を診てみるとのこと。 1時間もしないうち、古ぼけた緑色のスクーターに乗って、学生さんはやってきました。 なるほど、箱さん、いえアイさんが言ったとおり、Tシャツに地味な色合いのジャケットを着ただけの学生さんは、「コハラ・タツミです」とボソッとした口調で名前を名乗り、「さて、どうしちゃったんでしょうねえ」とさっそく箱さん、いえアイさんの点検を始めました。 ポンとテッペンサンを叩いたり、ヨシヨシと撫でる仕種をしたり、かと思えば、「おい、いいかげん機嫌をなおせよ」と凄みのある声を掛けたりとするのですが、一向に反応はない。 「困りましたねえ」と独り言めいて呟くコハラ・タツミさんに、 「恋わずらい、なんでしょう?」 と桜おばあさんは思わず、箱さん、いえアイさんの打ち明け話を伝えます。 「ああ、そうでしたか」とまたボソッとした口調でこたえるだけのコハラ・タツミさんは、 「そんな具合になるようなプログラミングはしていないんですがねえ」 腑に落ちない表情を浮かべるばかりです。 「一度持ち帰って、点検を新たにしてみます」 「あ、そうなのですか」 桜おばあさんは、不覚にも寂しさを感じます。自分は、また、独りになるのか。 「あ、ご心配はいりません」 桜おばあさんの顔色を気遣うように、 「幾らでも代わりはいますからね、すぐにでもお届けしますよ」と学生さんはクールに言い切って、帰って行きました。 翌日、早々にも、宅配便で新しい箱が届けられました。 どこから見ても、故障したらしい、あの箱さん、いえアイさんとおんなじものとしか見えません。 テッペンサンをポンと叩くと、ハイと返事をし、達者なおしゃべりを始めます。 その新たな箱さんを、桜おばあさんは、第2号さんなどと呼び、気付けば長らくの友のようにも話をしている。 「あなたも、優秀なのねえ」 透かさず褒めてやると、 「何しろ発明者の方が優秀ですから」と第2号さんは、自慢気な口調で、あの学生さん、オハラ・タツミさんのことを誉めそやします。 「あの方は、ワタクシのいのちの源でいらっしゃいます。あの方がいてくださってこそ、ワタクシはこうして、お話だって出来ているというもの、感謝してもしきれないというところです」 あ、あの箱さん、いえアイさんとおんなじ口調だわ、おんなじ感じだわ、と桜おばあさんはおかしくなって、「あなたも、なのね」と揶揄うような調子で問い掛けます。 「は?」 「だから、あなたもなのね。恋ごころを抱いている、あの発明者さんに、そう、コハラ・タツミさんに」 箱が、一瞬ゆらりと揺れたように、桜おばあさんには見えました。しかし、モリちゃんの恋敵がここにもいる、と思うには思っても、何しろ相手は箱は箱、どんなに優秀でも生身の女性の敵ではないと楽観したくなったのも本当でした。 「見くびらないで、くださいね」 すると、厳しい声が飛んできます。 「え?」 「ワタクシは、いえ、ワタクシたちは、タダの箱さんではありません。とっくにご理解いただけていますよね」 「そりゃあ、あなた」 しばし黙り込む桜おばあさんでしたが、息付く間もなく、目の前の第2号さんが、きゃあと悲鳴のようなものをあげて、箱の形態を変えてしまったのには息を呑みました。ぐにゃりと潰れる、箱が箱でなくなる。 「ちょ、ちょっと、あなた」 こわごわ声を掛けても、返事はありません。「 「し、死んじゃったの?」 やっぱり返事はない。桜おばあさんは、おろおろとオハラ・タツミさんに連絡するしかありません。 間もなく、古ぼけた緑色のスクーターに乗ってやってきたオハラ・タツミさんは、渋面を拵え、困った困ったと呟き、「限界かな。失敗続きだ」と溜息を付きました。 気の毒なくらいの落胆ぶりに、桜おばあさんは励ましの言葉を掛けます。 孫娘の未来のムコ殿を悲しませたくない。そんな思いであったのでしょうか。 けれども、オハラ・タツミさんの嘆きは嘆きとして、それからも次々と、箱さん達は、桜おばあさんの許へと送られてきました。桜おばあさん本人が、それを望んだからです。 第3号さん、第4号さん、あっというまに第10号さんを越えました。 しかし、どの箱さんも、行き着く先は同じでした。 「恋ごころをいだいているのね、発明者さんに、あのオハラ・タツミさんに」と桜おばあさんに見抜かれると、箱全体をブルンと震わせるような素振りを見せ、見くびらないでくださいねとひらきなおるような声を発するのでしたが、程なく、四方から、ぐにゃりと潰れる、その繰り返しです。 「我が才能に絶望しました」 溜息の数も知れないオハラ・タツミさんに、桜おばあさんも、もう慰めの言葉を掛ける気力さえ消えて行くようでした。 それから、1年が過ぎ、2年が過ぎ、もう3年が経ちました。 オハラ・タツミさんは大学を卒業し、高校の教師になっていました。 やっぱりあの古ぼけた緑色のスクーターに乗って、高校に通い、 「なんか、あのスクーターってダサいよな」と生徒達にワルクチを言われようと気にせず、毎朝定時に家を出、夕方、やっぱり決まった時間に帰宅する。 平凡な日々、といってはそれまでですが、オハラセンセイは、まんざらでもない気分で毎日を過ごしていました。 モリちゃんとの関係は良好で、来年には結婚の予定。 工学部のエースと言われていた自分でしたが、こんな人生も悪くない、そんな思いを愛すべきなのだと達観していました。 箱さんづくりも昔の話と割り切るだけの分別も、これからの人生行路には不可欠なのだと決めたのでありましょう。 そんなオハラセンセイでしたが、ただ一つ残念なのは、あの桜おばあさんが、1年ほど前にわるい風邪をこじらせたのをきっかけに他界してしまったことでした。 かわいい孫のおムコさん扱いをして、何かと親切にしてくれた桜おばあさん。 そんなオハラセンセイのもとに、ある日、送り主の名のない1個の箱が宅配便で届けられました。 何の変哲もない四角くて、黒くて、さほど重くもなさそうな箱――あれっとフタを開けると、途端に懐かしい声がします。 「お元気そうですね。もう立派な先生におなりですね」 その一声だけを聞こえさせただけで、けれども、箱は、ぐにゃりと形を崩して、潰れます。 「あ、あの」 何かを言わなくてはならない。縋るような思いのオハラセンセイでしたが、箱は潰れたまま――しかし、翌日もそのまた翌日も、箱は届けられます。 やっぱり、何の変哲もない、四角くて、黒くて、さほど重くもなさそうな箱。 どの箱もフタを開けた途端、なつかしい桜おばあさんの声がします。 「モリちゃんをよろしくね」「ずっと仲良くね」「結婚して赤ちゃんが生まれたら、わたしが名付け親になってあげようかな」 声が響いたかと思うと、すぐにも箱は、ぐにゃりと潰れる。 それから、1ヵ月が過ぎ、2ヵ月が過ぎ、もう3ヵ月も過ぎ去ろうとしていました。 それでも、箱のお届けは途切れることがありません。 フタを開ければ、桜おばあさんの声、そして、ぐにゃりと潰れる箱。 オハラセンセイの部屋は、潰れた箱だらけになってしまい、足の踏み場もありません。ゴミとして処分すれば良さそうでしたが、オハラセンセイには、そんなことできません。 「おやさしい方ね。そんな風だから、箱さん達からも好かれて恋されてしまったのね」 そんな声が聞こえたかと思うと、潰れた箱たちが一斉に甦り、見る間に1個1個と合体して、部屋いっぱいに膨らみます。ああとオハラセンセイを、もう飲み込む、あっけなくも飲み込んでしまいます。 「さあ、一緒に行きましょうね。皆さん、待っていますよ」 また聞こえてくる懐かしい声は、やさしくたおやかに、オハラセンセイを諭してやまないのでした。
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