パノプティコン

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 自分をパノプティコンと名乗ったAIは半壊した右手で私の目線を誘導する。 「そこに監視カメラがあるでしょう? 私はここで一方的に見られているのです。感覚で何となくですが、数十個はあるでしょう」 「……あなたは、悪い奴って事?」 「恐らくそうですね。私のコアには自爆用の爆弾が埋め込まれているのです。故に私は、悪いAIなのです」  現実離れしたこの状況に頭が狂いそうになる。数分前まではただ神社に参拝するだけの一般人だったのに、今は世界の重要な機密情報を知ってしまった犯罪者みたいな気持ちになってしまっている。正直に言えば今すぐ背を向けて逃げ出したい。見て見ぬふりをしてしまいたい。 「驚かないのですね。助かります」 「……あなたは、どうしてここにいるの?」 「研究所から逃げ出してきたのです。私より悪い人達が、悪い事を目論んでいたもので。逃げている途中に損傷を受け、遂に動けなくなりました」  懇切丁寧な説明で淡々と話すパノプティコンは、とてもAIとは思えず、目を瞑れば感情の発露が乏しいだけの人間だとしか思えなかった。しかし一度目を開ければ、剥き出しのプラグに剥げた塗装が否応無く目に付いてしまう。 「……帰っていい?」 「勿論良いですけど、これを持って行ってください」  手渡されたのはティーバッグの様な小さな袋だ。恐る恐る嗅いでみるとシロツメクサの素朴な匂いがした。 「私の匂いが外に染み付いているので消しておいて下さい。それだけで十分ですので」 「あなたは動かないの?」 「ええ、もう二度と」  パノプティコンは何処か寂しげに呟いた。  機械の筈なのにそう聞こえたのは、きっと悲劇的な身の上話を聞いたからだろう。本当か確かめる術などないが、何故か真実なのだろうと思えた。 「それではさようなら。最後に人と話せて良かったです」 「……もしかしたら、また来るかも」 「……なんとおっしゃいましたか?」 「何でもない!」  全力疾走でその場を後にする。  何であんな事を口走ったのか自分でも分からない。ただ、パノプティコンの事を可哀想だと思う気持ちがいつまでも胸に渦巻いて、消えないままで。
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