空白駅

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卒園式当日、幼稚園には大人からでる悲しみの雰囲気が漂っていた。 「正樹もついに小学生か」 恭介も休みをとり、卒園式に出席した。 この日園児たちは初めて‘別れ‘を知ることになる。 ちょうど九時頃、園内アナウンスで卒園式会場である体育館に集まるようにと流れた。 体育館の壁には祝いを意味する紅白の壁紙が貼られ、前には横山先生のさくら組と別の先生のかえで組を合わせた四十人分のパイプ椅子が用意されており、その中には正樹や光の姿もあった。 麻由花と恭介は体育館の後ろの方に用意された園児の椅子よりも一回り大きい保護者用の椅子に腰を下ろした。 「前の方に座れてよっかたな」 恭介は麻由花に話しかけたが、麻由花はすでにカメラの準備で忙しかった。 「あらあら正樹くんのお母さん」 しゅんたろうの両親は麻由花の左隣に腰を下ろした。 この二つの家族にはいろいろと縁がある。 卒園式はどこか堅苦しく始まった。特に横山先生は光の親の姿がないことでだいぶ慌てており、廊下に向かって走ったり、急いで先生に確認したりと、ばたばただった。 「どうしたんだろうな」 何も知らない恭介は独り言のように呟いた。 その後卒園式は光の親が欠席の状態で進められた。 「ななせひかり」 園長先生の声が体育館に響いた。大人になる第一歩の瞬間である卒園証書授与の際も彼女の親は見届けられなかった。 卒園式も終わり、正樹と光は長い間別れることになる。 しかし実際に二人が最後の別れの言葉を交わすことはなかった。 幼い者たちの意識というのは本当に不思議だ。 彼らに別れという意識はない。 無意識の中に「会おうと思えば会える。ただそれを選択しなかっただけ」 が存在するように思える。 正樹や光にとってこんなにも豊かな一年だったのに、それも儚く春の匂いと共に消え去った。
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