始発駅

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「おはようございます」 北海道沼田町の朝は寒い。四月と言えば桜が咲く時期だがこの寒さでは桜も花を咲かすだけの気力はでないだろう。 それでも幼稚園の年長さんとしての最初の日には先生、園児、そして親は一年で一番と言えるほどの新鮮さを感じるに違いない。 「それじゃあ隣の人と手を繋いでね」 年長さくら組の担任、横山恵先生が列に並ばせた園児たちにそう言った。横山先生は長い髪を後ろできちっと結び、彼女のする一つ一つの無駄のないしぐさはベテラン感を放っていた。 「え、あ」 緊張というより人見知りが正樹の全身を走った。 手を繋ぐ相手の名前は・・・名札を見ればわかった、 七瀬光(ななせひかり) この名前の漢字表記を知ったのはここから7年も先になる。 「よろしくね」 微妙な笑顔で正樹の顔を見て、正樹の手を素早く取った。 この時から光は正樹のお気に入りリストに入ってしまった。 「それじゃあ!みんなで一緒に新しい教室に向かいましょう」 体育館で並ばされた正樹たちはようやく教室に行けるらしい 「しゅうたろう!」 正樹は後ろにいた唯一の親友、しゅんたろうに話しかけた。彼と正樹は年中さんの時も同じクラスだった。この幼稚園には年少、年中、年長、それぞれ二クラスずつある。 「まさきくんか」 光は正樹の名札を見て独り言のように言葉を放った。 伊藤正樹(いとうまさき)、人見知りで比較的おとなしい性格と言われてきた。 「うん?うん」 正樹は返し言葉に困った。 「うん!?」 光も返した。 「うんうん!」 この二人は平和だった。 「さあ~!ここが皆さんの教室ですよ!」 横山先生はベテランの笑顔で教室を指さした。 50畳ほどある教室はなんとも可愛らしい折り紙で折られた花の装飾で賑わっていた。 さくら組25人分の席はホワイトボードを前にしっかり並べられており、後ろには保護者の姿があった。 「あれ僕のお母さん」 正樹は光だったら躊躇なく喋れるらしい。 光は小さくうなずいて正樹のお母さんだと思われる人に手を振った。
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