7人が本棚に入れています
本棚に追加
二人は絵を描きながらも久しぶりにくだらない雑談を楽しんだ。
「すごくね?すごくね?」
絵を完成させた正樹はだいぶ上機嫌だった。
「すごいねえ二人!」
横山先生は絵を完成させた二人を盛大に褒めた。
「お似合いかもね、二人」
お世辞でも優しさでもない、横山先生から漏れた一粒の本音だった。
幼稚園の年長組時代は意外に早く過ぎていった。正樹も光もこれ以上近い関係になることはなく、愛のない恋をひたすら続けた。
夏休みが終わり秋という色の薄い季節がやってきた。
「ひかりはさ、いちょう好き?」
秋と言えば読書の秋、芸術の秋、食欲の秋・・・など実際そのような行為にいたらなくても、夏の興奮の先にあるいわゆる安静を感じられるかもしれない。
「好き・・なのかな」
園児の頃は‘‘秋‘‘を感じる機会が多かった気がする。
「これあげよっか」
正樹がだしたのはイチョウの葉でできたかんむりだった。
「ありがとね」
光の嬉しいという感情が育つ一歩だった。
秋は知らぬ間にやってきて、知らぬ間に終わる。
やがて沼田町の長い冬がやってきた。
「雪か」
正樹は朝起きると最初に窓の外を埋め尽くしていた雪を目にした。
「今日自転車無理だね、どうしよ」
麻由花は外を見て憂鬱な顔で言った。11月後半になり雪が降ると、冬休みまでの期間、登園に苦労するのは毎年のことだった。
「今日は休むか」
麻由花は正樹を見て返答を促した。
「行くしょ」
正樹がそう言った理由は特にない。
冬になり雪が積もると人間誰でも閉鎖的になる。
これは東京などの雪が降らない地域の人にはわからない風情なのかもしれない。
自然が作り出す情にはどうしても逆らえない。
「え?正気?歩くってこと?」
麻由花は焦って言った。
「ひかりは歩くと思うよ」
この時期になると正樹は光のことを幼いながら尊敬していた。
一つの理由としては園児としては珍しく、光はクラスで唯一泣いた姿を見せなかった。
そんな幼児らしい単純な理由だった。
「あの子ならやりかねないわね」
麻由花は自分とは違うという意味を込め、比較的ポジティブに笑いながら言った。
最初のコメントを投稿しよう!