貴女と僕の傷跡

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貴女と僕の傷跡

もう二十年以上前になるかな。 長くなるが聞いてくれるかbrother. 少しフェイクを入れさせてもらうぜ? 今のようなSNSなんぞ開発されていない頃だ。 携帯電話(スマートフォンじゃないぜ)で簡易HPを作って遊ぶのが流行っていた時期だ。 四十代の方はどストライク世代かな? 私はその頃音楽に打ち込み、やがてはメジャーに進出、そして音楽で餌が食えればいいと思っていた。 その為にまずは自分達を知ってもらう事が必要である。音楽性など二の次だ。 そう考えた私達はバンドのHPを作成した。 ブログ的なもの、そして掲示板、ライブ予定、デモテープ発売予定などをHPに載せた。 これが意外に好評で、ライブに来てくれていた客だけではなく、興味本位で覗きに来ては足跡を残してくれたりする方もいたし、掲示板に書き込みをしてくれたりする方もいた。 「こいつぁ良いツールだ。宣伝効果は抜群だな。」 私は携帯電話を眺めながら満足気な顔をしていたと思う。 とはいえ当時の私は精神的にボロボロだった。 ベッドで横になり目を閉じると、黒い世界がグルグルと渦を巻き、自分がその渦に飲み込まれていくような感覚を覚えるようになり、やがてそれは不眠症の引き金となり、そして…抑うつ状態となり… 無感情→反動のハイテンション→反動で溢れ出る涙→自分への呆れ・怒り・自傷→無感情の無限ループ。 仕事もしばらく出る事ができなかった。 デカい図体のくせに、ショッキングな出来事が続いたり、様々な環境の変化が起きる事に対して心がまるでついてこれずに完全にうつ状態に陥った。 しかし、音楽だけは何とかしたい。 ようやく知名度という点に限りだが、地元ではそこそこ名が知れてきたところだけに今ドロップアウトするわけにはいかない。 何よりも自分達に興味を持ってくれた閲覧者に我々の音楽を感じてほしい。 そういう気持ちで自分を誤魔化しながら日々こまめにHPを更新した。 掲示板書き込みへのレスポンス、ブログの更新、曲作り、リハーサル、ライブ日時の調整など…今思い返せばよくあの状態でやってきたものだ。 しかも、調子が戻れば仕事もしなければならない。 先立つものが無ければ活動もできないからだ。 しかし、やがて心が限界を迎える。 今の世の中であれば、様々な情報があるから周囲の人間が「あいつおかしくね?」と異変に気が付けるものだろうけど、時は平成の半ば、いや、初期だ。 ポチっとスマートフォンを開いて検索キーワードを打ち込めば凄まじい量の情報が溢れている今の世とは違う。 しかもバンドのメンバーは私を含めだが、音楽と女、そして自分にしか興味がないスカポンタンの下半身脳ばかり(笑) とある日、私はアパートの一室で椅子に座り一人、先述の無限ループの中で「自分への呆れ・怒り・自傷」というステージにいた。 「死…死…死…死ねば終われる…死ねば…終わる…簡単だ…簡単だ…簡単だ…死ねば終われるんだ…。」 正確には覚えていないが、親指の爪をガジガジと噛んではめくり上げて、すんげえ痛みの中でこんな事をブツブツと唱えていた気がするな。 不思議とね、こういう時ってその痛みが自分を楽にしてくれて、気持ち良く感じてしまうのよね。 中々説明すんのは難しいんだが、なんかこう…炭酸強めで苦味が強いキンキンに冷えたビールを息が続く限り喉に流し込むような…うん、違うな(笑) あぁ…でもこう「ッくぅウ〜!この一杯の為に生きてる〜ぅッ!!」みたいな感覚は似てるんだろうか。 うん、違うな(笑) 世の中の自傷行為をしている諸君、自分の爪をかじりながら少しづつ剥いでいくのはおっちゃんのお勧めやでぇ(笑) 神経ビリビリぃ!なるで(笑) 脳に来るで脳に。 ビクビクぅ!いうて(笑) また正気に戻った時にそこへ消毒の為のエタノールぶちまけたらもうあんた「キャン☆」言うてまうで(笑) いや、止めて。 止めろ。 冗談が過ぎた。 お勧めじゃない。 余計な事考えねぇでとっとと心療内科へ突撃しろbrother. 話を戻す。 やがて段階が変わった私は、自己嫌悪に陥る。 「あぁ…またやっちまった…スティック…また痛いだろうな…」 そう、不思議な事に私が爪をかじるのは決まって利き手の親指。 ドラム叩いていた私にとって要となるものだ。 爪をかじり、剥がれた状態で16ビートのドラムを打てば激痛も同じ16ビートで襲ってくる。 「あ、HP…今日まだ見てねぇな…。」 私は消毒で「キャン☆」言うた後、ベッドにうつ伏せになり携帯電話を枕元に置いた。 利き手の親指がこんな状態だがこんなのいつもの事。 親指がこれなら人差し指を使えばいいじゃないのよ。 簡単な事よ。 私は人差し指で携帯電話を操作して自分のバンドのHPを開いた。
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