貴女と僕の傷跡

2/7
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
お手製の簡易HPを開くと見慣れない通知が来ている。 「なんじゃこりゃ。し、私書箱…?」 掲示板のやり取りは望まないが、HPの管理者への伝えたい事がある時の為にこの私書箱機能というヤツがあるのだ。 現代で言うところの「ダイレクトメッセージ」、「DM」というヤツだ。 「ん?私書箱に投稿なんざ初めて見たな。」 私は親指の痛みを噛み締めながら人差し指で操作して私書箱を開いた。 そこには「美結(みゆ)」と名乗る女性からのメッセージが。 「掲示板に投稿するのはどうかと思ったので、私書箱に投稿させてもらいました。日記を見ていて心配になりました。そして症状が私とよく似ているのでお話ししたくて。それって鬱病じゃないのでしょうか。私もFlare Fieldさんと同じ症状でリストカットしていて、病院に連れていかれてそう診断されました。本当に大丈夫ですか?心配です。よければお話ししたいです。」 緊張が伝わってくるような文面だ。 そして聞き慣れない、見慣れない「鬱病」という言葉に目を奪われる。 「う、鬱病…?俺病気なんか?ん、んなアホな。」 私は考えた。 そして安易に苦しみを誰かに理解してほしくてブログにタラタラと症状綴っていた事を少し後悔してしまった。 なぜならここはバンドの宣伝をする為のHPだ。 そこに自分のよく分からない症状を書き綴り、お客様に心配をかけてしまったのだ。 「情けねぇ…マジか…あ、でもコレ、ちゃんと返事しないとな。」 『私書箱への投稿ありがとうございます。なんだか心配かけてしまったようですね。でも大丈夫です。音楽活動は辞めるつもりありませんし、元気な時は元気ですから。ご心配なく!僕は元気です。』 よく覚えていないがこんな文だった気がする。 もう少しくだけた文だったかな。 するとすぐに返事が来た。 「お返事来た!Flare Fieldさんからお返事来た!ありがとうございます!嬉しいです!ずっとFlare Fieldさんの日記見てたんです!!面白くて楽しくて!日記読むの本当に大好きだったんです!!そんなFlare Fieldさんの日記が最近暗くてなんだかさみしかったんです。で、私の症状とよく似てたから…。ああ!でもホント嬉しい!!」 こんな文だったかな。なんか凄い「女の子らしいな」と思った。と、同時に嬉しい半分、申し訳ない半分の気持ちになったのはよく覚えている。 「俺の日記…そんなに…面白い…で?返事が来て嬉しい…?そ…そんな…マジかよ…。」 私は妙な高ぶりを感じた。 ライブ後の「お疲れ!!良かったよ!」だとか「凄い!いい曲でした!」だとか「デモテープ下さい!」だとか言われるのと同じような感覚だ。 たった一人であったとしても自分が気の向くままに書いた日記をこうして楽しんでくれる人がいたという事実は本当に嬉しかったのだ。 そして私は高ぶる気持ちを抑え込みながら冷静なフリをして返事を送った。 不思議と親指の痛みはどこかへ消し飛んでいったようだ。 『こちらこそ!嬉しいです。適当に書いた日記でそんなに喜んでもらえるなんて夢にも思いませんでした!是非ライブに足を運んでほしいです!ライブで会える日を楽しみにしています!本当にありがとうございます!嬉しくて嬉しくて少し、いや、だいぶ元気になりました!!』 返事は来なかった。 今のSNSのように既読か未読かなんてのも分からない。 しかし、このやり取りで自分の承認欲求が満たされ、なんだか温かい気持ちになったのは確かだ。 「なんか…嬉しかったな…なんか…なんか…自分が…赤の他人からこうして認められた…音楽以外で…音楽以外で…うっ…」 嬉し涙を流したのはこの時が初めてだった。嬉し涙は温かいなどと言う奴がいたが、何を馬鹿な事言ってんだと鼻で笑っていた。しかし、その意味が分かった。 「うっ…嬉し涙って…ホントにあったかいんだ…」
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!