貴女と僕の傷跡

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『美結の声が聞きたい』 これは奥手な私にしてみれば、かなり勇気を出したセリフだと思う。 全然自慢する気は無いし、そもそも自慢できるような話でもないのだが、私は自分から異性へアプローチというものをしない、っつうかできねぇ。 だって「スン…」ってされたら僕ぅ傷ついちゃうじゃんかぁ。 妻を含めて過去付き合った方から私は「告白」されている。 私の方からアプローチして告白までした事が無いのだ。 って言うとよ?いかにもなんだか「俺ってばモテんだぜ?」みたいに聞こえるだろ? ちょっとイラッとしただろ? ちげーよ、ちげーんだよ。 勘違いすんなや。 自分が失恋して痛い目にあうリスクを負いたくねぇもんだから、女性から告白してもらう為にあの手この手で神輿を担ぐだけのチキン野郎なんだよ俺は。 紳士なフリをした、ただのチキン野郎だ。 そんな男なんだよ!そんなアリジゴクみてぇな男なんだよぉ!! はい、話を戻す。 メールを送ってから私は正気を取り戻し、あれやこれやと考察していた。 「いや、待て待て…うん…でもコレではっきり分かるな。美結が女か…もしくはただのおっさんだったり?あり得るよな?いや、でも…さぁ…どう出る?美結…俺はでも…信じてる…信じて…」 ユー・ガット・メール! 「あひゃうふん!!」 メールの着信に奇妙な悲鳴を上げ、私は恐る恐る携帯電話を見た。 「あたしもたける様の声聞きたい。たける様ぁ♡電話待ってるよ♡ ☓☓☓-☓☓☓☓-☓☓☓☓」 まだだ…まだ分からねぇぞ。俺が高校を卒業する時に…言ってたんだ♪俺のオカンが♪Oi♪ 「世の中ウマい話の9割は嘘だ。そして人生において9割は自分の思う通りにはいかない。だから運が無いだとか、努力が足りないだとか、自分はだめだとか、一々考えるな。」 確かになと、二十年しか生きていないくせにこの時思ったものだ。 おかんの理論は正しいと現在も思っている。 「ハートマークごときに騙されねぇゾ…ハァハァ…で、電話してやろうじゃねぇか…おっさんだったらよ…怒鳴り散らしてやんぜ?なぁにが美結だよ…おっさん…あぁ?オラ…」 誰に凄んでいるのか分からない。 なんか中二病体質な人って、こういう思い詰めた時によく分からないものに対して凄んだりするよね。 何を威嚇してんでしょかね。 ひとしきり凄み終えると、私は素直にその電話番号に携帯電話で電話をかけた。 ぷるるる…ぷるるる…ぷるるる… 4コール目が鳴ろうとしたその時である。 「も…も、もし…もし…?」 おー!んー!なー!だー!女ぁ!! おっさんじゃなーいーーー!! ママぁ!!ねーねー!ママン! こいつ女だったー!! ウマい話は9割嘘だって言うけどさ!こりゃその残り1割やんけぇええ!! 少し鼻声、少し苦しそうな、少し高めな女の子らしい話し方だ。 動揺しているのか少し間を置いて美結が切り出した。 情けない。 二十歳の私が女子高生に全て先を越されている。 「ねぇ…た、たける様…?も、もしもし?」 「ん、…あぁ…み、み、美結?」 「あぁ…たける様…声、声…たける様の声…」 「み、美結…」 「たける様ぁ…はぁ…か、カッコいい声…」 うん…あのな…。 多分だがね? いや、分かんねぇよ? 現在四十三歳、これからまた何が起こるか分かんねぇからな? でもな? 思うんだがね? 今思うと俺の人生の中で一番褒められた期間だったんじゃねぇかな? 美結はそう言うと、電話越しに泣き始めた。
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