Track 1. 幕が上がる

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 街頭広告で久々に顔を見た戦友は、原石が磨かれて宝石に変わったようにキラキラしていた。『キラキラ』なんて陳腐な表現だが、それ以外に相応しい言葉が見当たらない。  海外で活動する超有名作曲家から提供されたデビュー曲は地上波ゴールデンタイムのドラマ主題歌で、メンバーの一人が主演を飾るらしい。さらに両A面のもう一曲は大手飲料水メーカーとのCMタイアップときた。カップリング曲でもMV撮影をしたと聞く。  一生に一度のデビューには最高にお(あつらえ)え向きな仕事だ。とても『キラキラ』している。  一方で街頭広告を見上げる青年は、今日も今日とて実家とレッスン場を電車で往復し、休憩室で日課である公式ブログの原稿三百文字程度をまとめるといういつもの日常を生きている。明日は先輩の主演舞台の通し稽古だ。見せ場は幕間の口上だけ。去年まで担当していた台詞のある役は、成長著しい後輩へ引き継がれた。あのキラキラと自分を比べることすら烏滸(おこ)がましい。  人が行き交う道のど真ん中でぽつんと立ち呆ける青年を、周囲の歩行者は邪魔そうに避けて歩く。たまに肩をぶつけられたりしたが、金縛りにあったようにその場から動けずにいた。  羨ましいとか、妬ましいとか、そういう(たぐい)の感情ではない。ただ空虚だった。  入所十一年目、長くなるだけで中身の伴わないの芸歴、来春に控える大学の卒業、就活に勤しむ同級生、「あなたの好きにしなさい」と言ってくれる両親。  与えられた環境で自分がどうすべきなのか、ずっと答えを見い出せずにいる。
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