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「類人さん」
すると、立ち竦む青年の手を誰かが取った。
急に戻ってきた意識が目の前の人物を認識するまで数秒の誤差が生じる。
その人は、天使のようだった。
天使を実際に見たことはないが、美しい天使を描きなさいと言われた人のほとんどがこういう造形で描きそうだなと思うくらい優れた容姿をしている。
青年よりも年下だが十センチも高い位置にあるしゅっとした顎。
カラコンじゃない天然物のマリンブルーの瞳。
目鼻口のどれかが数ミリズレていただけで平凡な顔になっていたかもしれない奇跡の顔面比率。
名のある彫刻家の芸術作品とも遜色ないその人物は、ヴィオラの音色を彷彿させる耳障りの良い声で青年の名を呼ぶ。
「もう、類人さんってば。信号変わっちゃうよ?」
そうだ、今から二人で一緒にレッスン場に向かうのだった。
握った手を引いて歩き出した天使につれられて、四ノ宮類人は歩き出す。
これじゃあどちらが飼い主かわからないなと心の中でぼやきながら、類人はリードを握るような気持ちで、繋がれた手に力を込た。
四ノ宮類人は時価3000億円(仮)の犬を飼っている。
アメリカと日本のミックス、十七歳。身長190センチ、体重65キロ、毛並みは天然プラチナ。
天真爛漫で大らかな性格だがご主人第一主義の超高級忠犬。顔面力もかなり高い。
食費は自分で稼いで来るし散歩も一人で勝手に行けるが、高級料亭よりも類人と並んで食べる立ち食い蕎麦が好きだ。リードに繋がれていたとしても一緒に歩く散歩の方が嬉しくて、見えない大きな尻尾がぶんぶん揺れる。
好きな食べ物は肉、特技はダンス、嫌いなものはセクハラおやじと嫌味なプロデューサー、夢はデビューした類人のファンクラブ会員第1号になること。
この時価3000億円(仮)の犬は、ルーナ・月・ハミルと言う。愛称はルナール。
日本の芸能事務所ORIONで夢に踊る、類人と同じアイドルの卵だ。
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