Track 2. ORION

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 多嘉司の言う大事な時期というのは、タレントの契約形態に関することだ。  毎年当たり前のように更新してきた長ったらしいマネジメント契約書の中段には『甲が満二十二歳になる年、乙は甲の意思に関わらず契約の更新を棄却することができる』と書いてある。  つまり二十二歳までにデビューできなければ、退所を促される可能性があるということだ。  そして今年の冬、類人はその対象年齢を迎える。  この縛りは、若いタレントを大勢抱えるORION(オリオン)の『誠意』だった。  契約書には年齢制限の他に、学業優先、半年ごとの能力査定、事務所が推奨するボランティア活動への参加などが織り込まれている。それは所属する一人一人がオリオン座が導く一等星になってほしいという願いと、努力が報われなかった少年たちが行き場を失わないための道標(みちしるべ)の意味を持つ。  先の見えない夢に後戻りのできない日々を無作為に投資し続けるのではなく、他の道を選ぶタイミングを設定し、そのゴールに向けて何にも代えがたい十代の輝かしい時間を費やす。  その結果夢を掴み取る者、もしくは燃え尽き症候群のようになり対象年齢を迎える前に自ら芸能界を去る者、そして群雄割拠のORION(オリオン)に見切りをつけ別の芸能事務所に移籍する者がいる。彼らはいついかなる時も自らの将来を選択できるのだ。  そんな恵まれた環境に身を置くにも関わらず、類人は自分がこれからどうすべきか答えを決めきれずにいた。  必要以上の努力はしてきたつもりだが、チャンスには恵まれなかった。次々とデビューしていく同期や後輩を送り出し、事務所に見切りをつけて去って行く同胞を見送る日々。面接五十社目からお祈りメールを受け取ってやさぐれた大学の友人から「類人はいいよなぁ。十代から仕事してるようなもんだし、就活もしなくていいんだろ?」と言われた時は、苦笑いを返すことしかできなかった。  長いだけで実績が伴わない芸歴を誇ればいいのか、健闘する友人に倣って将来の分かれ道を進めばいいのか。だが類人はあまりにも長く夢を見過ぎた。簡単に手放すことができれば、とっくに星空から消えていただろう。
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