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「飲み込んでしまった方がいいよ」
「え?」
「今君が持ってる全ての違和感は、胃袋で消化して無視出来る程度の些末な物なんだよ。君は私の事を怪しんでるけど、所詮私は引越しが人よりちょっと多いだけの寂しがり屋のか弱い女の子。もっと軽率に気楽に考えなって。モテないぞ!」
額をデコピンされて、ついでにアイスバーの棒を僕の右手に持たせて、捨ててこいと指を合図を送ってきた。眉間に皺を寄せて睨めば拳が握られたので、渋々動いた。
「今から部屋の案内をするよ」
「別に良いよ。興味無いし」
嫌がる僕の手を引いて一階の部屋と二階の部屋を一つづつ説明する。一回では覚えられない僕の馬鹿な頭を案じたのか、全て説明し終わると一階に戻って再説明を始めた。その不必要な丁寧さに文句を言うのは簡単だが、どうせもうこの家に来る事は無いのだから彼女のやりたい様にさせようと思った。思考停止して流されてきた今までの人生経験は、意外とこういう場面で役に立つ。
「この部屋は入っちゃダメだからね! 乙女の花園には秘密がつきものだから……」
「はいはいすごいすごい」
「死ぬほど興味無いのが表情筋から伝わってくるよ……! あと隣の部屋もダメだからよろしく」
淡白な対応にも表情豊かに接してくる彼女は、京都で買ったアイスドームや、棚から取り出した夥しい量の賞状を自慢して僕に反応を求めた。適当におだてては違うと肘で脇腹を突かれて、部屋の説明もストレスで上手く入ってこなかった。
「何も持っていない事は恥では無いけど、願いまで空っぽなのは恥じるべき事だよ。叶えたい夢も明日着たい服も想像できないのは、良くない」
「君に言われてもイマイチ説得力に欠けるね」
賞状を仕舞う彼女の表情に一瞬陰が落ちた様に見えたが、瞬きの間にふにゃけた笑顔を取り戻して、説明を再開した。
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