4 花畑と花瓶

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4 花畑と花瓶

「八月が楽しみですね。秋野さん」 「……なんか気持ち悪いな、その喋り方」  夏休み前日の終業式を終えて、僕達は教室で一学期最後の授業が来る前の休み時間を迎えていた。蝉の声は一週間前より大きくなり、必死につがいを探していた。  契約は結ばれたが、履行されるのは八月からなのでこの一週間は特に何も無く普段通り平々凡々な生活を過ごしていた。変わったのは友達だった小説を図書室に返して新しい友達を作った事だ。今度は前より分厚いミステリー本で簡単に僕を手放そうとはしないだろう。 「人は優しい人に寄ってくるのです」 「寄ってきたらどうなる? 面倒臭いだけだろう?」 「利用できます。面倒事からの解放には、絆が一番コスパが良いんですよ」  過激すぎる発言だが、周りは夏休みに何をするかで盛り上がっていて僕達の小さな声は蝉の必死な声よりも容易くかき消される。彼女には様々な誘いが来て、僕には……。今更語る事も無かった。 「私は秋野さんには期待してませんが、その性格には期待していますよ。ネガティブな思考は向上心に変わる事が多々ありますので」  夏休みに良い思い出は無い。行動力の無さと友達付き合いの下手さが著しかった(今もだが)あの頃は、家でスイカを食べて宿題を淡々とこなすのが夏休みにすべき事だと本気で思っていた。思い出はいずれ脳内で消耗し色褪せるが、宿題をしたという事実は結果として永久に残る。クオリティを上げれば子供の内なら親や先生にも褒められる。  今は母親は出来の良い弟と妹の教育に精を出して、僕が持ち帰る金平糖の様な小さな功績には何も声をかけなくなった。  父親は酒浸りで離婚を母に迫られて、それから逃げる様に酒を飲めない昼間は仕事にだけ精を出す様になった。家族には目を向けず、ハイボールが友達という点では、僕とも少し似ている所がある。  ネガティブな思考は向上心に変わるという言葉はただの幻想だ。やる人はやるしやらない人はやらない。ただそれだけだ。欠点は裏返せば良点になるが、そう解釈出来る人の特権でしかない。  病んでないし悩んでもいないが、人生にしがみついてくる面倒くささには困り呆れている。僕みたいに全てに悲観する人間が増えれば疑心暗鬼の心の中、家で宿題をするのが一番効率が良いと気付くだろうか。
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