4 花畑と花瓶

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「……道、覚えてたのか」 「記憶力には定評があるんだよ」  足元の浅瀬には川の流れで削られて丸くなった石が大量にあった。七月の太陽は空から熱波を放ち、暖められた川は少し温くなっていた。  彼女の罰は川に行く事だったが、正直何かをせびられたり奪われたりするのではないかと勘繰っていたが、そもそもお金持ちなので欲しい物は金銭で解決出来るだろう。 「君は、趣味を見つけてあげると言った」 「言ったね」 「忠告するけど、人の気持ちをもう少し考えろ。君が当たり前だと感じている事は、当人には特別な事かも知れないだろ?」  思慮深過ぎるのも考え物だが、全く無いのも問題だ。彼女はそもそも人付き合いをリスク管理の為に(おこな)っている節がある。人の弱みにズカズカと踏み込むのはあまりにも危険だと僕は父親との喧嘩で学んでいる。 「唐突だなあ。私が何しても別にどうでもいいでしょ?」 「……君の大嫌いな面倒事が僕に降り掛かって来るのは嫌だからな。将来への投資ってやつだよ」  あはは、と曖昧に笑い石を川に向かって投げつける。一回、二回と川に反射し、四回目の跳躍で川に沈んで消えていった。掌は土で汚れて、川の水で濯いでいる。半袖のシャツに水滴が滴って腕が透けて見える。 「悠長だねえ。君は明日死ぬかも知れないのに、未来へ投資するんだ」 「……それしか出来ないんだよ」  彼女は川から両手で汲み上げた水を僕にかけて、僕に丸石を持たせた。わざわざ水をかけてくる意味が分からなかったが、茹でられた脳味噌で考えるのも億劫だと思考をいつも通り放棄した。 「西野、僕は君を信用してない」 「うん知ってる」 「君に敬意も無いし死のうがどうでもいいし何か不都合があっても助けてやらない。そんな人間に趣味を見つけさせる理由を、教えてくれよ」  その意味が憐憫に由来する物なら僕は、はっきりと否定しなければならない。今のままでも生きていけているのだ。それでいいじゃないかと言わなければならない。  僕は空疎な人間である事を悟って自覚している。でもだからといって振るわれるナイフを避けない理由は無い。 「理由なんてないよ」
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