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背中しか見えないが握られた石には握力が込められて、川の水面を一心に見つめていた。本心を語ろうとしているのか緊張しているのか、声が少し上擦っている。
「曇り空をぼんやりと眺めるのも、漫画を読んで笑うのも理由が必要? したいからするんだよ」
「……君とは価値観がやっぱり合わないな」
「うん。でもそれで良いよ。同じ人だけの群れってつまんないしさ」
これから一生、僕達は分かり合えないと思う。豪邸に住んでいる彼女が妬ましい訳では無い。環境や欠陥によって作られた僕達の人格は歯車として致命的に噛み合わない。たった一週間の間教室のクラスメイトとして軽く接しただけでも分かる程、僕達は生まれた星が違いすぎた。
彼女の事を何も知らなくて良い。
彼女の事を何も分からなくて良い。
どうせ数年経てば互いに互いを忘れている。
「良かったらさ、明日から家来なよ」
「……給料は出るよな?」
「勿論! アイスバーも二個つけるよ!」
それでも僕は八月の契約を履行する。
お金稼ぎの目的は変わらず、しかしそれだけでは無い。
……この経験が自分を変えるきっかけになればいいな、なんてとても彼女には言えない。そうこれもまた、プライドの問題なのだ。
「手に入れる為には捨てないといけないのにな」
「なんて?」
「独り言だよ。詮索するな」
記憶と引き換えに人は進んでいく。
片道切符の様な思い出はいつまでも脳味噌の中には保管出来ない。捨てて、棄てて、失っていく。脳内のお花畑はその記憶を欲しがっている。
触るな、■■ごときが。
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