2 趣味

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 僕と西野透花が初めて出会ったのは、夏休みに入る一週間前、転校生として紹介される時に教壇に立った時だ。新しい生徒がクラスに入るという噂は前々から流れていて、どんな人なのだろうと皆興味津々だった。    冷房が効いた教室、僕は頬杖をついて外の蝉の声を聞いていた。自然音は教室の雑音より遥かにマシで、友達も殆ど居ない僕にとって心の清涼剤になってくれる。一番奥の窓側の席を観察する人は居ないし誰も僕を見ない。誰にも興味を持てないから、誰からも興味を持たれないのだと僕はぼんやりと思う。思ってすぐに忘れる。 「お前ら静かにしろー。入ってきていいぞー!」  妙に間延びした先生の声が騒がしい生徒達の声を静かにさせる。手招きしてドアの向こう側にいるだろう、転校生に合図を送っている。  ドアを開けて、生徒の視線はその転校生に釘付けになる。その視線の誘導に合わせて、僕の目も視点を変える。 「おはようございます」  透明な炭酸水を思わせる淑やかな声が適切な声量で耳に入ってくる。高校生とは思えない程の上品な歩き方が、親の教育の賜物だと一瞬で僕に直感させた。転校生は白色のチョークで大きく自分の名前を書く。 「西野透花と言います。諸事情あってこの学校に転校してきました。皆さんと一緒に日々努力していきたいです。気軽に声をかけて下さい!」  深々と一礼すると、生徒達が一斉に手を挙げて質問を始める。先生は頭を抱えて溜息をつくと、仕方なく一人ずつ指名していく。僕は欠伸を噛み殺さず口から吐き出して成り行きを見守っている。観客として試合を楽しむ訳でも無く、プレーヤーとして参加する訳でも無い酷く曖昧な境界で漂う空気としての役割が今までの人生の大半だったのを朧気に思い出した。 「好きな食べ物は何ですか!?」 「シュークリームとメロンパンが大好きです!」  おおー!と感嘆の声が皆の口から漏れる。 「何するのが好きですか?」 「趣味なら……音楽鑑賞と紅茶を飲むのが好きです!」 「お姫様だ……!」と誰かが声に出して、彼女は微笑んだ。快活かつ淑やかな印象がクラスメイトの共通認識だろう。裏表の無さそうな幸せオーラが教室中に漂っている。 「下の名前で呼んでくれると嬉しいです!」  拍手が巻き起こり、照れ臭そうな顔をしながら先生の元へ向かう。座席の位置を確認しているのだろうか、二人は教室を見回している。 「じゃあそこの男子の隣に座ってくれ」  彼女は一番後ろの窓側の席の隣、つまり僕の隣に座った。視線が僕と彼女に突き刺さる。多分僕に対する視線は無かったけど、そう思ってしまう位に注目が集まっていた。 「皆、透花はここに来てまだ日も浅いから、慣れていない事もあるだろう。協力して助けてやってくれ」  朝のホームルームが終わって、当然皆は彼女の近くに集まった。僕は空気になって、この嵐が立ち去るまで耐える。口を閉じて呼吸すら止めて、頭の中で次の小テストの解答を考える。
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