2 趣味

2/6
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「夏休みにクラスの皆で集まるんだけど、透花さんも来ない?」 「そうなんですか! でもすみません。夏休みは勉強とこの辺りの事を知りたいので今回は……」 「高校一年生なのに勉強する? 神様か?」  クラス会があるなんて僕は一回も聞いていない。もし誘われても行かないけど、なんか癪だ。 「分からない事あったら何でも聞いてね!」 「了解です!」  和やかな雰囲気で、いつの間にか彼女はクラスの人気者になっていた。どうせ一過性のブームに過ぎないだろうと思うが、そもそもそういう立場とか権力とかに彼女は頓着しない人だろう。 「あっ、すみません。騒がしくしてしまって……」 「……大丈夫だよ」  生徒達が離れて、申し訳なさそうな顔をして彼女は謝った。僕の完全上位互換に謝られるのはこっちも申し訳無くなる。目に見えない魅力が既に彼女の全身から迸っていて、さぞ素晴らしい人生の質とやらをミルフィーユの様に丁寧に積み重ねて来たんだろうなと少しだけ妬ましく感じた。 「お名前聞いても良いですか?」 「秋野蒼太(あきのそうた)って名前だけど覚えなくていいよ」 「どうしてですか?」 「どうせ忘れるから。影薄いし」 「……なんか、似てる」  ボソッと呟いた声は蝉の声に遮られて聞こえなかった。  万人が思う感想は恐らく「顔が良いっ!」だろう。僕の個人的な感想だが、今までで出会った人達の中でも顔の整い具合では三番以内に確実にランクインする。細く短い僕の人間関係の中ではその褒め言葉に説得力を持たせる事は出来ないが。 「どんな趣味を嗜みますか?」 「特に何も。本当に何も無いんだ。君が求める回答は期待できないと思うよ」  僕は空疎な人間である事を悟って自覚している。勉強も運動も人並み。趣味は何も無いし、夢中になれる事も将来の夢も無い。それなのに嫉妬心や劣等感などの醜さは人一倍あるので、本当に救いが無い。それを変えようとしないのが一番駄目な所だと分かっているのが自分の救えなさに拍車をかけている。 「自分に正直なんですね」 「いや、そういう訳じゃ……」 「そういう事にしましょうよ。自傷で得られる物なんて、何も無いのですから」  困り眉の彼女を見て、気を遣わせてしまっている事に今更気付いた。 「ごめん、西野さん」 「下の名前で呼んで欲しいと言いましたよね?」 「と、透花さん……?」 「うん、よろしい」  瞬間、顎を下から突き上げられた。  突然の暴力に動揺すると、彼女の唇が右耳に近づく。身構えていると、優しい声の形をした毒が口から僕の耳に垂れ流された。 「今日さ、海行かない?」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!