2 趣味

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 僕は授業中も昼食中も掃除中も彼女を見ていた。口論で勝てる気がしないので、放課後がやってくるまでに何か攻略のヒントを得ようとした。 それは結局大失敗に終わった。彼女に注目する度に埋めがたい差を感じた。困っている人を助け、弁当の卵焼きを分け与え、相談に乗る。人と円滑に物事を進める為の方法を彼女は熟知していた。  彼女の友達は加速的に増え続ける。  僕が友達だと思っているのは寂しく鳴いている蝉と図書室で借りた陳腐な小説だけ。  たった一日、正確には八時間で僕の自尊心は極限まで傷付けられた。気軽に話しかける事すらはばかられる程に人間の出来が違っていた。薄氷の上に立っている僕の人生を横目にして、彼女は硬い鉄で出来た砦で笑っている。  もしかするとさっき耳元で囁かれた言葉は、夏の幽霊が見せた幻影だったのでは無いだろうか、なんて妄想が本当だと思う位には隣に座る彼女は完璧だった。  僕と私には似ている所がある、と彼女は言っていたが、僕を揶揄う為の冗談だとしか思えなかった。世界の隅でウジウジしてる虫が僕で、それを踏み潰すのが彼女。被害妄想が拡大するとキリが無い。脳味噌を取り出して水洗いしたくなった。 「放課後は逃げようか……いや」  逃げればそれこそ終わりだ。ある事無い事好き勝手に吹聴される未来が簡単に想像出来る。今笑顔を振り撒いている彼女を見るとそんな事はしなさそうに見えるが、きっとやるだろう。  窓から落ちようか。いや死ぬな、と思った。  生きる理由も無いのに死にたくない。  時間という概念が壊れて止まって欲しいのに叶わない。  何も対価を払えないのに何か誇れる物が欲しい。  あらゆる願いが僕の背中を撫で続けている。  頭の中では愚鈍な枯れかけの花畑が盛大に咲いている。花の根が脳の中枢に絡み付いて離れようとしない。蜜を吸って汚い虫が増え続ける。今脳味噌を水洗い出来ても花が喜ぶだけだ。  病んでいる訳では無い。  何か悩みがある訳でも無い。  それを言い訳に出来ないのが、一番苦しい。  せめて一人で、命が枯れるまで漫然と生きていればいいとそう思っていたのに。隣の芝生に気を取られて覚悟が揺らぎそうになる。中途半端でやっぱり救えない。  解決策も何も思いつかないまま放課後はやってきた。
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