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オレンジの屋根をした二階建ての豪邸。門は説明不可能な装飾で高価なのだろうなという感想しか出てこない。門の向こう側にはその豪邸があと二つは丸々と入りそうな位の大きな庭が広がっている。彼女は無表情で手を門に向ける。入れ、と犬をケージに入れる様に粛々と。
「何、言ってるんだ?」
「言葉通りだよ。君はここに住むの」
「……ふざけるな」
頭に血が上った。何を言ってるのか理解出来ないが、今までの行動の意味はかろうじて分かった。僕をおちょくって楽しんでいるのだ。僕が何も無い人間で抵抗しない人間だと理解した上で虐めようとしている。蝶の羽を毟りとる様な残酷な嫌がらせだ。
「私さ、九月になったら自由じゃ無くなるの」
「どういう意味だ?」
「親の教育って奴の弊害だよ。この一ヶ月が最後の自由。その後はただ地獄に落ちるだけ」
逆光が彼女の顔を見えなくさせる。
杏子の香りがする。夏の透明さを帯びた空気に夕焼けの色が混じり、病的に綺麗に見える。
「じゃあ尚更、僕なんかに構うなよ」
「違うよ。私が勝手に君に構いたいの」
「なんで……! いい加減分かりやすく説明してくれよ!」
丁重さとかけ離れた彼女の実像。
友達と仲良く談笑する彼女の虚像。
お前はずっと普通から乖離し続けている。
「私だけを見て。熱を感じて」
「あ……?」
「君は世界で二番目につまらない人。だから私が、君を面白くしてあげるの」
強く抱き締められる。
実像と虚像がぼやけて透花の匂いがする。
暴力にも似た、慈愛を帯びた抱擁。
「私の最後の慈善活動、君に捧げるよ。君のその汚い瞳を塗り替えて趣味を作ってあげる。だからその代わりに……」
「僕は君の玩具じゃ……」
反論が終わる直前、口を細い手で止められる。
視線が交錯し脳内の花畑が風に吹かれる。
多分それは、呪いだった。
「君の八月を、私に頂戴」
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