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「じゃあそろそろ本題に入ろっか。そこ座って」
分厚い朱色の座布団を渡されて着席を促される。彼女はソファに足を伸ばして座り、僕を見下ろす格好でいる。どこからか取り出した扇子で髪を扇ぎ、楽しそうに目を細めている。
「さっき君にここに住んでもらうと言ったけど、それは正確じゃない。両親が外に働きに出かけてる間に来てもらうって感じ」
「……君の親には秘密って事か?」
「そう。察しが良いね。男女が二人でいると不純異性交友って言うタイプなの。めんどいよねー」
彼女の家族はどうやら厳しい教育を強いるタイプの様だった。高校一年生の九月から自由の無い受験勉強をさせる。本人の意向を聞いているのか心配になるがそれは僕にとっては関係の無い事だ。
「……今までの会話で違和感感じてない? 何かエレファントインザルームしてない?」
「エレファント?」
「見て見ぬふりの隠喩みたいな奴だよ。象が小さい部屋の中にいて違和感しか無いのに誰も指摘しない事を指すの」
謎のうんちくを語られたが、要は何か疑問点が無いか確認しているだけだろう。しかし特段違和感は無い。人より良い所に住んでいて、態度が悪い暴力女がソファに座っているという事はその範疇には入らない。
「特に無いけど」
「じゃあ良かった。私口下手だからさ」
「強いて言うなら、いきなりエレファントなんたらを言ってきた事かな」
「ああ、あれはマウントだよ。こいつこんな知識も無いんだって馬鹿にしてるの」
性格が非常に悪いのはもう分かっていたが、それを隠そうともしないのが一番タチが悪い。相手を慮ろうとしない空疎なディスコミュニケーション。何度でも言う。性格が、非常に、悪い。
それと同時に僕と住む世界が違う彼女の事をどこか客観視している自分がいた。暑がっていた猫がどれだけ救いを求めても太陽から離れられない様に、彼女にとってこの別荘や性格は当たり前なのだ。この煌びやかな部屋に生を預ける事は至極当然であり、故に起こった今までの価値観の相違に少しだけ納得が降りてきた。
「君は人から矯正を受けなかったんだな」
「この世はゴミで危険だって教えられたら、君みたいな屈折した生き方が出来たのかな? じゃあ私の親の教育は成功だね。厳しくても間違いは教えていないし。……ちなみに矯正なんて、何回もされたよ。歯列矯正も含めてね」
真白の歯を見せて嗤う彼女の言葉に、降りてきた納得に速攻でバツ印をつけられて、更に彼女の実情の把握が困難になってしまった。分からない事を分からないと言うのは想像以上に労力を用いるが、真面目に答える気が無い彼女に聞くのは更に労力を使う。そして成果も期待出来そうに無い。
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