1 八月

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1 八月

 陽射しの照りつける八月某日、僕達はバス停の近くにある避暑地に避難していた。  熱を帯びたアスファルト、自動販売機、電線の上に佇む二羽のカラス。田舎の景色は見慣れてしまうと感動も無くなる。ここに生まれて十六年。感動が消失するのに十分な時間だ。でも隣でメロンソーダを飲む転校生は、何処か楽しそうに目を細めると欠伸(あくび)をした。 「なんか綺麗だね」 「そう?」 「もし何も思わないなら贅沢な目になってるよ」  転校生、西野透花(にしのとうか)はこことはスケールの違う街から、父親の転勤に合わせて引っ越して来たらしい。本人に聞いた訳では無いし、これから聞く気もない。変な事情があってそれに関わるのはゴメンだからだ。人との付き合いは最低限に、例え嫌われても構わない。妄想癖がある僕と波長が合う人間がいるなんて元から期待していない。  後ろで一つ括りになっている長い黒髪と、物憂げな表情と満面の笑顔、どっちも似合うだろう端正で美しい顔。数週間彼女と一緒に過ごして思うのは、顔でモテても性格が終わってるので付き合っても数週間で破局するだろうなという事だ。人に自分の趣味を強要するし、借りた金は返さないし、心の敷居にズカズカと上がり込んでくる、傍迷惑な転校生だった。 「人ってさ、見たい物しか見ないんだよ」 「……どういう意味?」  答える気が無いのか、メロンソーダを一気飲みしてゴミ箱に投げ捨てて外して、わざわざ立って落としたアルミ缶を拾って、元の位置に戻って投げて、また外した。 「馬鹿だな」 「この勝負、負ける訳にはいかない……!」 「誰と戦ってるんだよ」  ふにゃけた顔に汗が一筋流れる。  彼女は不思議で不可解で、でも思考すると性格が終わってる事しか分からない、陽炎の様な人だ。 「趣味は見つかった?」 「……いや、まだだよ」 「そっか」  四回目でゴールを決めると、ガッツポーズを決めて僕の頬を勢いよくビンタした。 「痛っ!?」 「辛気臭い顔してないで次に行こうよ」 「……なんでビンタしたんだ?」 「そこに柔らかな頬があったからさ……」  職人みたいな事を言って誤魔化そうとするが、普通に暴力なので許す気は無い。許す気は無いが、もう何回も似た様な暴力を受けているので一種の諦観を持ってしまっている。こういう人だから仕方ないと。この思考そのものが彼女に毒された証拠だと認めるのは癪なので、意図的にこの心情は無視する。 「安心しなって。ちゃんと私が見つけてあげるから。だからさ……」  僕と手を繋いであの日と逆の左耳で囁いたその声は、雰囲気があまりにも違う、何処か哀愁を帯びた声だった。それこそ、別人と見間違う位に。 「約束通り、八月を誠実に差し出してね」
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