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そんな願いは当然の如く打ち砕かれた。鼻をつくのは腐敗臭。道には白骨化しかけた死体に、おそらく獣に荒らされたのか食べ物はほとんどない。
「うーん、これはダメそうだね」
「……」
「春蘭?」
「そ、そうですね。こんなに荒らされちゃってますしダメそうですね」
ふう、とため息をつく。天罰の日から死体は見慣れていたはずだけれど、何度見ても驚いてしまう。アベルさんは平然としているけれど、この人のこういうところも謎だ。どうして大丈夫なんだろう。
「これ、其処なる男女」
「? アベルさん、今何か言いました?」
「いや、何も……声は聞こえたけど」
「ここじゃここ、下じゃ」
其処にいたのは黒猫だった。黒猫が、喋ってる……? 私は猫に目線を合わせるようにかがむと、その姿をじっと凝視した。
「え、まさか本当に? 猫が?」
「猫って喋るの?」
「普通は喋らないと思うんですけど……」
「なんじゃ、わしが喋ったらいかんのか小娘」
私に目線を合わせて猫は話しかけてくる。その喋り方はどこか高圧的だった。喋る猫なんてヘンテコだけれど、天罰の日から非日常に慣れていた私はなんだかすんなりと受け入れられた。アベルさん以外の誰かと話すなんて久しぶりのことだったからだ。
「猫さん、お名前は?」
「名前はない。好きに呼ぶといい」
え、これは私が名付け親になっていいということ? 猫に名前をつけるなんて初めてだ。どうしよう、なんで名前にしよう。
「じゃあポチ……」
「無難にタマでいいんじゃないかな」
「ありふれた名であるな。ポチなどという犬につけるような名前よりはうんとマシじゃ」
なっ、なんと失礼な。アベルさんもちょうど良いタイミングで滑り込んできたし。まあ、本人……本猫?がタマでいいと言っているならそれでいいか。
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