青年と少女

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 春蘭をからかっていると背後から殺気を感じる。人間の放つような殺気ではなく、獣が放つ刺々しくも荒々しい殺気だ。振り向くと、既に影の獣は僕たちに向かって走り出していた。 「春蘭、僕行ってくるよ」 「は、はい!あの、怪我しないように!!」 「了解」  サバイバルナイフを右手に構え、向かってくる獣に突き刺す。もちろんそれで目の前の獣が倒れたり怯むことはなく、懐から出したもう一本をその眉間に突き刺した。痛みに喘ぐ姿は人間とさほど変わらない。投げナイフを目に向かい投擲し、それは獣の右目に命中した。どうやらそれで絶命したようだ。 「アベルさん!右からきます!」  その声の前に反応し、まるで大型犬のようなその影の獣を蹴り上げる。その間に深く突き刺した一本目のサバイバルナイフを引き抜き、もう一体の獣に突き刺す。墨汁のような黒い血液がドロドロと僕の顔に付着する。ああ、汚いなと考えながらその獣の体を踏みつけた。  殺気はもうない。服も顔もベトベトだ。川で洗おうかな。春蘭はそう考えていた僕に駆け寄ってくる。もう大丈夫だよ、と言おうとしたが、それは彼女の「大丈夫ですか!? 怪我は!?」という言葉にかき消された。彼女はよく僕の心配をする。僕は全然平気なのに、何故かいつも僕の心配をする。 「ああ、大丈夫だよ。全部返り血だから。ほら、真っ黒真っ黒」  笑いながら手をひらひらさせる僕に、彼女は少しだけ涙を目尻に溜めて「よかったです、本当に」と笑った。その反応に僕は弱い。僕は平気なのに。なんでこんな僕の心配をするのかがわからない。でも、どこかそんな彼女が愛おしく思えた。  花一輪で守るなんて嘘だ。 花一輪なんてもらわなくても、僕は春蘭を守ると決めている。  左の胸元にしまった枯れた赤い花一輪が、まるで僕の心臓のようだった。
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