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『ーー男は、女性に「きみと結婚したい」という言葉で近づき、200万もの大金を騙しとったとして逮捕されました。所謂、結婚詐欺で、女性の心理を弄んだ行為は許しがたくーーー』
プツン、とテレビの電源が落ちた。
谷上はリモコンをテーブルに置くと、ダイニングテーブルの椅子に座って俯く私の横にやってきた。
「……結婚詐欺?」
「みたいだな。世の中ロクな奴がいねぇ」
「…………柳橋も、いずれこんな事件起こしたりして」
力弱くそう笑うと、谷上は私の上半身をぎゅっと包むように抱きしめてきた。
「職場で結婚詐欺が起きたら大問題だな。俺が止める」
「止めるって……無理でしょ。24時間柳橋を監視でもするの?」
「無理だな。ーーだけど、盗聴器くらい仕込めるかもよ。西園寺にこのことバラしたら、たぶん全力で協力してくれるはず」
私は顔を上げて谷上を見た。
そういえば、西園寺の実家の会社は色んな機器類を扱っていたような……。私はそれを思い出すと、谷上は口角を上げた。
ーーいつもの彼ではない。『ザ、これ以上でも以下でもない男』だったはずの男が、とてつもなく頼もしく見える。
「……柳橋は、私からお金を取るつもりだったのかな?」
「いや、さすがに同僚からそれはないだろうから、本当に契約結婚をしようとしたんじゃないか?金が目的じゃないだろうし、お前を隠れ蓑にして、あとは不倫や浮気をするのつもりだったのかも」
それを聞いたらぞっとした。
私はそんなことまったく望んでいない。
そんな柳橋の計画のために契約結婚なんてしたくない。
なにより、私みたいな結婚したい女の子の切実な気持ちを弄ぶようなこと、絶対に許さない。
「谷上くん」
「ん?」
「ありがとう、助けてくれて。人は見かけによらないわね」
「それ、柳橋のこと?それとも、俺のこと?」
どっち?という谷上の唇を私は塞いだ。
何度か軽くキスしたあと、段々深くなる。
「……如月はさ、ちゃんと仕事もできるし、かわいいし、なんでそんなに焦ってるのか知らないけど……ちゃんとできると思うよ」
「ん、………え?」
お互いの唾液がこぼれるくらい舌を絡ませたあと、谷上の瞳を見た。
「幸せな結婚」
「…………」
幸せ?
「なんなら本当に、俺がしてもいいけど」
ーーそんなこと、誰も言ってくれなかった。
最初の男も、この前別れたあの男も、柳橋も。
私は谷上の身体に強く抱きついた。
おっと、と谷上の身体が少し倒れそうになる。
「如月?」
「……そんなこと言って、私をその気にさせて、あなたも私を騙そうとしてる?」
「ーーまさか、」
両頬を包むように谷上が触れてくる。
優しく。優しく。
「俺ははじめから、如月愛華が好きだけど」
そういう谷上の態度は本気に見えた。
同じ職場、同期、セフレ、『平凡な男』。
私にとって彼は、モブキャラにも近からず遠からずだった、のに。
「…………そんな告白ができるなら、最初から言ってよ」
「だな。はは。だってやばい、緊張してる」
かすかに震える谷上の手を握った。
「俺、なんも取り柄ないから自信がなかった」と少し気まずそうにつけ加えて。
「谷上くん」
「……うん?」
「ありがとう。私、あなたの話、ちゃんと考えたい」
「マジ?」
「マジ。西園寺くんには、悪いけど」
そういうと谷上は、ははっと笑った。
そして、改まるように私に向かい合う。
「如月愛華さん。気持ちの整理ができたらセフレじゃなくて、俺の妻になってくれませんか?」
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