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「手、繋ご……?」
浴衣姿の君と夏、最後の花火大会。
「人多いけど杏夏こっちの道で大丈夫だった?」
「優斗と手繋いでるから大丈夫だよ」
輝いた彼女の瞳には、どこか切なさと寂しさが宿っていた。
「それに……この景色をみれるのも、これが最後だからね」
彼女は明日、命の代わりに視覚と光を失う。
「杏夏……」
「その瞬間を優斗と過ごせて幸せだよ」
彼女と僕にとっての苦渋の決断は皮肉にも、彼女を十数年の苦しみから解放する選択だった。
生まれつき外部からの光に弱い彼女の生活は、言い表せないほど厳しく、苦しいものだった。外出には常に遮光レンズのついた眼鏡と鍔の大きい帽子が手放せない。体内から光に抵抗する抗体をつくる常備薬と週に一度の点滴。
医療に縛られては、医療に縋り続ける。そんな生活だった。
「杏夏は本当に頑張ってると思う」
「ずっと一緒にいてくれた優斗のおかげだよ」
彼女との交際が始まったのは今から六年前、中学二年の夏だった。
通学路の木陰に座り込む彼女との偶然が、全ての幕開けだった。長袖のセーラー服に日傘を持った彼女の青ざめた顔を放って置けなかった。
どんな話をしたか、正確に思い出すことはできないけれど彼女の一言だけは六年経った今でも鮮明に覚えている。
『ありがとう』
苦しさを隠しきれない息とは結びつかない程に柔らかな微笑みで、囁くように呟いた。
僕の左手を掴む彼女の暖かさと儚さが僕の全てを奪った。僕が出逢った全ての人の中で初めて、直感で『離れたくない』と思わせたのが彼女だった。
「一緒にいたのは、僕が杏夏の隣にいたかったからだよ」
治療費のため昼夜問わず多忙な日々を送る彼女の両親の代わりに通院へ付き添ったり、食事を共にしたり、数えきれない程の時間を僕は彼女と過ごした。
「優斗は名前の通り優しいね」
僕はただ無邪気に笑う彼女を隣で見ていたかっただけ、その時間が幸せだっただけ。
優しさを受けていたのは間違いなく僕の方だと思う。
動かなくなっていく身体で外へ出てプレゼントを考えてくれたり、倒れ込んだ彼女をみて焦る僕の背をさすってくれたり。
想い出をあげ始めれば終わりがないほどに、僕は彼女の優しさの中にいた。
「でも夜はいいよね、日が沈んでるから気を張らなくていい」
「杏夏の家の周りをよく一緒に夜散歩したよね」
「懐かしいなぁ……ふたりでたくさんお話したね」
想い出話から生まれる感情と共に花火打ち上げ会場の熱気が押し寄せる。人の波に流されるように進んでいく。
限られた時間を擦り減らしながら、噛み締めながら、僕達の最後の景色を収めていく。
「もうすぐ打ち上がるね」
「そうだね……優斗と見る花火、特別だね」
打ち上げまで残り数分、言葉を発せない程に彼女との記憶が脳を駆け巡る。
「あっ……!」
彼女が指す先の空には全てを包み混むような優しい赤が花開いていた。
「綺麗だね……」
「うん、すごく綺麗……」
息を吐く間もなく咲いていく夏の華に目を奪われる。
隣をみると目を潤ませながら微笑む彼女の姿があった。この空間に言葉はない、言葉がなくても通じる想いがここには確かにある。
「次、何色だろうね」
無邪気に空を指差す彼女が愛おしい。
出逢って六年間、彼女との写真は一枚もない。いずれみえなくなるのなら、そのもの自体をみていたいと全てを映してきた彼女の瞳。
そんな彼女が最後に映すのは夏夜の空を埋め尽くす華。どこまでも可憐で綺麗で儚いそんな光の一瞬一瞬を刻み込んでいく。
「ねぇ優斗」
「ん?」
「この花火大会の噂、知ってる?」
「噂……?」
意味深に話題を持ちかける彼女。
『最後の花火が上がる時に願い事を心で叫ぶと、叶うんだって』
どこかで聴いたことのあるようなシステムにクスッと笑いながら、『声に出しちゃダメだよ!』と口元でバツをつくる彼女に笑う。
占いやお呪いとは無縁の人生だった。そんな僕が初めて願うこと、神にも縋る思いで叶えたいこと、本当なら叶わないこと。
願い事……。僕にとっての願いは。
『この先もずっと杏夏の隣で笑えますように』
声には出さない、ただ隣にいる彼女も同じことを願っていてくれたら嬉しい。
全く同じじゃなくていい、ただこの願い事はふたりのことであってほしい。
最後の花火はどこまでも澄んだ純白。彼女の浴衣と同化する、淀みのない希望に満ちた色。
「ねぇ優斗……」
知らぬ間に繋がれていた手を辿ると瞳から雫を伝わせる彼女がいた。
「杏夏……?」
息を詰まらせながら、彼女は僕の眼を見てこう言った。
「私の目が見えなくなっても、隣にいてくれる……?」
願い事の結末は僕に委ねられていた。
「僕は何があっても、杏夏の隣にいる」
握る手が強くなり、体温は高くなる。
ふたりの熱が互いに言葉となって打ち上がる、そのまま彼女の唇に触れ涙と共に温度を感じた。
彼女の目に映った夏の華と、それを見て笑い頬を濡らした彼女を映す僕の目。
過ぎ去ってしまう一瞬には、永遠よりも長い何かが詰められていた。
ー*ー*ー*ー*ー
『314号室、相生 杏夏』
病室の扉に貼られたネームプレートを確認し、仕切りのカーテンを開ける。
彼女は眼に包帯を纏い眠っている。手術は無事成功、そして彼女は光を失った。眠っている彼女の表情はわからない。一定の呼吸音と、風の音だけが響く病室。
起こさぬようにベッド横の椅子に腰掛け、彼女の温かい手を握る。
『ーー……?』
微かに聴こえる彼女の声。
「え……?」
『優斗……?』
「……どうして、僕がわかるの?」
声は発していない、ただ無言で彼女の手に一瞬触れただけ。
「よかった……私の願い叶ったよ」
「何を願ったの……?」
『視力を失っても優斗を感じれますように』
どこまでも美しい彼女の心に、もう一度恋をした。
「杏夏」
「……どうしたの?」
「隣にいてくれてありがとう」
消えゆくものを埋めるように、僕は貴女に愛を注ぐ。
だから来年もまたふたりで、あの花火を感じよう。
今ここで、僕は永遠の愛を誓う。
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