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三十八 デートの続き
ひそひそと身体を密着させながら会話をする。恋人みたいな空気は慣れないけど、嫌じゃない。甘くて、ドキドキする。
気がつけばあっという間に寮に着いていて、一瞬、お互いの目を見る。繋いだ手を離しがたくて、ついぎゅっと握ってしまった。
「少し、部屋で話しませんか?」
風馬の言葉に、ドキリと心臓が脈打つ。まだ、別れるには早いし、惜しい気がする。「うん」と頷いて離そうとした手を、風馬がぎゅっと握りしめる。
「っ、風馬……っ。手……」
誰かに見られたら、どうするつもりなんだ。ドキドキと、心臓が鳴る。
「誰か来たら離すから」
「う、うん……」
ハァ、と息を吐いて、チラリと風馬を見上げる。俺ばかり顔が熱くなっているんじゃないかと思ったけれど、風馬の頬も赤かった。
玄関ドアを開けて寮の中に入る。ラウンジにはもう消灯時間も近いせいか、人影はなかった。ホッとして胸をなでおろす。なんだか、余計に風馬の手を意識してしまう。俺より少し大きい、骨ばった手。体温が高いのは、風馬も緊張しているせいだろうか。
廊下の先でバタバタと足音が響いて、驚いてビクッと肩を揺らす。とっさに、手を離して取り繕う。だが、足音の人物は反対方向に行ったらしく、音も遠くに掻き消えて行った。
「――ふぅ……」
チラリと風馬を見ると、少しだけ残念そうに笑っていた。俺も小さく笑って、そのまま歩き出す。少しだけ手が寂しかったが、そのまま、触れそうな距離のまま、階段を上がっていった。
◆ ◆ ◆
「インスタントコーヒーで良いですよね」
「うん」
そう言って電気ケトルでお湯を沸かして、風馬がコーヒーを淹れてくれる。どちらかというと風馬が俺の部屋に来る方が多いので、風馬の部屋にくるのは久し振りだ。風馬の部屋は香水のいい匂いが漂っていて、なんとなく緊張した。
(風馬の部屋……前はBL漫画なんかなかったのに……)
書棚には今まで、自己啓発の本と流行りの文学小説、少年漫画が少しあるだけだったのに、その一角にBL本が置かれていた。完全に浮いている。何だか、影響を与えてしまって悪かったな、と思う。本棚の横には、読みかけと思われるBL本が積まれていた。こちらは、俺の本棚から借りて行ったものである。
「風馬『コン持ち』読んだ?」
『コン持ち』というのは、まるは先生という神作家が描いた『合コンでイケメンにお持ち帰りされちゃいました』のことである。俺が今一番嵌っている作品なので、風馬にもおすすめしたのだ。ちなみに、なんとなく攻めの鳥町というキャラクターが、風馬にルックスの雰囲気が似ていたりする。まあ、鳥町はちょっとツンデレキャラなので性格は違うのだが。
「1巻は読みました。めっちゃ良いですね。和久がなんか先輩っぽくて可愛いです」
「は!? 俺っ!? てか、鳥町が風馬っぽいって思ってんのに」
「俺、あんなにひねくれてないですよ」
「うーん」
まあ、そうだけど。いや、ちょっとあるよ? そういうとこ。
「でも、まあ――鳥町の気持ちもわかりますけどね」
「え?」
風馬がカップをサイドテーブルに置いて、すぐ傍に近づく。
「自分が狙ってる相手が合コンで浮かれてるの見たら、ちょっかい出したくなるじゃないですか」
「ちょ、ちょっかいって――」
「俺だって、お持ち帰りしたくなりますよ」
風馬の手に顎を掴まれ、上を向かされる。そのまま顔を近づけ、キスされた。
「んっ……」
自分の声じゃないみたいな、甘い声が漏れる。舌が唇をこじ開けるようになぞっていく。歯列を割って咥内に侵入した舌が、俺の舌を掬い取るように絡みつく。ベッドに寄り掛かっていた肩を押さえつけ、風馬は何度も唇を重ね合わせた。
「ふっ……、ん……」
「一太先輩……」
「あ……、はっ……風……、馬……」
ぞく、と背筋が粟立つ。風馬の瞳が、熱っぽい。ドクドクと、心臓が鳴った。互いに熱を求め合う時、こんな顔をしていたのを思い出して、腹のあたりがぐっと甘く疼く。
(っ……)
心臓の音がうるさい。風馬が耳元にキスをする。
「先輩……」
「あ……」
熱を孕んだ顔をして、風馬が俺の服に手を伸ばした。シャツのボタンを外していく指を、興奮と戸惑いの表情のまま見下ろす。ごくりと、喉を鳴らす。緊張で、どうにかなりそうだった。
「……」
風馬が窺うような顔で、俺をチラリと見る。ぷつ、とボタンを外す音が、やけに大きく聞こえた気がした。
「先輩、脱がしちゃいますよ……?」
良いんですか? そんな風に聞かれて、俺は黙ったまま唇を噛んだ。両腕で顔を覆い、視線を遮る。
どんな顔をして良いのか、解らなかった。
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