4 目と目があう〜瞬間、

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4 目と目があう〜瞬間、

小一時間ばかり、レクチャーという名の雑談をして、シュウメイさんは引き揚げていった。 するとそれを待っていたように侍女ちゃんがワゴンを押しながら部屋に入ってくる。 「ユウリン様、お夕食でございます」 「あ…もうそんな時間なんだ」 言われて気づいた。そういえば腹が減っている。昼も軽めだったし、そりゃそうだよなと腹をさすった。でも現在もまだお伽前な訳だから、きっとまたメニューに期待はできないんだろうなと期待せずに座ったまま待ってたら、テーブルに置かれたのは昼以上にあっさりした海鮮粥だった。具は帆立貝柱とか海老程度で見た目はかなり味気無い。いつもなら夕飯はもっと豪華で、なんならリクエストだって受け付けてくれるのに。 「…いただきまあす」 しょんぼりしながらレンゲを取り、粥を冷ましながら口に運んだ。味は良かったけど、お腹が出ないようにという気遣いなのかそういう慣習なのか、いつもの食事より量は少なめだった。これから体力使うかもしれないのにこんなのおかしくない? ガッカリ感の強い食事が終わると、念入りに歯磨きをしてまたタブレットを飲まされた。 …俺、そんなに臭くないと思うんだけど…。 その後ソファに戻ってボーッとしてたら、さっきのベテラン女官の1人がやって来て、着ていた白い羽織りを脱がされた。よって、俺は薄桃色の薄く透けた襦袢のみになった。 羽織りが無くなるとすごくわかるんだが、このスケスケ襦袢、これだけしか着てないとすごくエッチである。薄過ぎてもはやシースルー。下を向いてみると、自分の乳首が薄っすら透けて見えて恥ずかしい。 なるほど、だから風呂からの帰りに羽織りだったのだろうか。 まあ、仕方ない。夜伽とは子作り前提なのだから、衣装でもそういう演出が必要なんだろう。陛下にその気になってもらわなきゃならない訳だからな。 そう自分を納得させていたら、ベテラン女官さんに手を引かれ、ベッドへ誘導された。そしてその上で正座をさせられ、手の指先を揃えてのお辞儀の仕方をチェックされる。これは後宮に来て最初の1週間のマナー講座であらかた講師の先生に習ったから問題無かったようで、1回でOKが出た。 「それでは、もう間も無くお渡りの刻限が参ります。陛下が見えられましたら、顔を伏せられてお迎えになられますよう。 一度お顔を伏せられたら、陛下が良いと言われるまで上げてはなりません」 「わかりました」 「結構。それでは、よくご奉公なされますよう」 「あ、はい」 ご奉公。そんなの旧い時代劇の再放送くらいでしか聞いた事が無い。でも実際に使う人が目の前に居るんだから仕方ない。 俺は女官さんにつられて神妙な顔になりながら頷いた。 そして、彼女が出ていくのと同時に、室内のメインの電気が消され、灯りはドアを入ってすぐのところにあるスタンドライトと、花のついた枝を模したベッドサイドランプのみになった。 そうなると和風の設えの部屋は、一気に雰囲気が変わってしまう。間接照明の頼りない灯りに浮き上がる俺の姿も、特殊な舞台効果で妖艶にでも見えるんだろうか。 「…ま、無い色気が少しでも出るなら良いんだけどな」 元恋人をろくにその気にさせる事ができなかった俺には、きっと色気がないんだろうから。 小さく呟いた後、俺は正座したままぼんやりと出入り口に視線を注いだ。 そうしてどれくらい見つめていただろうか。 ほんの数秒だったような気もするし、数分だったかもしれない。 スッとドアが開き、廊下の灯りを背にしながら、一人の男性が部屋に入ってきた。スタンドライトに照らされたその姿は、長く黒い前髪で顔の全貌は見えない。光沢のある濃紺の夜着を羽織っていて、背はかなり高く、意外な事に体格も良いように見える。でも、なんか…なんかやっぱり聞いてた通り、冴えない印象だった。 少しの間その姿を見つめて惚けていた俺だったが、すぐにハッと我に返り頭を下げた。陛下が入ってきたら即座に顔を伏せなくちゃならなかったのに、早速失敗したと思った。下げたら今度は、良いと言われるまで顔を上げちゃいけないんだったよな、とベテラン女官の言ってた言葉を脳内で反芻する。 顔を伏せたまま待っていると、絨毯を踏む静かな足音と衣擦れの音が近づいてくるのがわかった。 そして、すぐそばで立ち止まった気配。緊張して、唇が乾く。 「面をあげよ」 低く、想像していたよりも涼やかで耳触りの良い声がして、俺は顔を上げた。 見上げた陛下は、ベッドのすぐわき、俺の真ん前に立っている。当然ながらめちゃくちゃ近い。そして近くて見ても、やっぱり陰キャかコミュ障みたいに見えた。クラスに1人や2人はいるような、オタクっぽいアレだ。 さっきシュウメイさんに殿下の悲恋話を聞いたからちょっと同情したし、辛い経験をした殿下を慰めてあげたいなって気持ちも生まれてたけど…できるだろうか、面食い傾向の強い俺に。声はイケてるけど、陛下の見た目は全くタイプじゃない。 まあ、選べる立場じゃないんだけどさ。 しかし、内心のガッカリを顔に出す訳にはいかない。陛下だという前に、相手は成人したての歳下君だ。 俺はなんとか表情を変えないよう努めながら陛下を見上げていた。傍から見れば見つめあう形になっていた筈だが、陛下の両眼は髪で隠れてるから勿論目が合ってる訳ではない。 こっからどうしたものか、こちから話しかけると失礼になるだろうかと考えていたら、陛下がおもむろに片手で前髪をかき上げた。 びっ …くりした。 彫りの深い顔立ち。両眼はまるで宝石でも嵌めこまれたかのような、それはみごとな青だった。 なんという事だろうか。陛下はとんでもない異次元の美貌を、その前髪の下に隠していたのだ。 外国に婿入りして逃げたという陛下の元恋人は、この顔を振ったってのか…?これだけ奇跡的な造形を?どんな老若男女も迫られたらフラッとよろめきそうなこの超絶美形を? そう考えると、さっきまで酷い奴だと思ってたのに、逆に凄い奴のような気がしてきた。…まあでも、全人類が美形好きだとは限らないものだ、そんな奴もいるか…。僅か数秒の内にそんな事を考え、そう結論付けて自分を納得させた。 しかし俺がそんな事を考えているなんて知らない陛下は、静かに口を開いた。 「隆慶だ。よろしく頼む」 陛下のお名前は隆慶というらしい。しかし陛下に見蕩れてしまった俺は、それどころではなかった。 「…あ、…は、はい…ユウリンでございます…末永う、お願い申し上げます…」 上擦った声で習った通りの挨拶を何とかひねり出しながら、俺は本気で末永く世話になりたいなー、なんて事を考え始めていた。 人生最大の覚悟で臨んだこの夜、まさか人生2度目の一目惚れをする羽目になるとは。 ついさっきまで陰キャかオタクかなんて認識だったのに、素顔を見た途端にビックリするくらい鮮やかな手のひら返し。我ながら流石にドン引きしてしまった。 本当に人間ってのは、現金なもんである。
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