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3 それって俺が聞いていい話ですか?
「ま、お心構えなんて言いましてもね、そう堅っ苦しく考える必要はございませんよ。今は昔ほど厳格でもありませんし、閨の作法なんてのは人それぞれですからねえ…。
よっぽど失礼をしない限りは大丈夫大丈夫」
「は、はあ…」
最初とは打って変わってくだけた調子で話し始めたシュウメイさんにやや面食らう。が、さっきまでの緊張が少しほぐれたので俺としちゃこの方がありがたい。ほっと息を吐くと、それを見ながらシュウメイさんはニコリと微笑んだ。なんかこの人、上品でシュッとした見た目のわりに、雰囲気が近所のおばちゃんっぽくない?
だがそんな事を口にできる筈もなく曖昧な笑みを浮かべている俺に、シュウメイさんが言葉を続ける。
「それに今は世論がうるさいですからね。コンプライアンス違反がどうとか、色々。皇室が不可侵なんてのは昔の話ですよ。
ですからとりあえず、これからお話するちょっとした禁止事項を破らない限りは、多少失礼があったって、罰則なんてほぼ有り得ません」
え?禁止事項?
そんなの初耳なんだが。
「あの…その禁止事項というのは?」
食いついて身を乗り出した俺に、シュウメイさんは以下の通りに答えてくれた。
「まあ殆どは常識的な事ですよ。
まず、お閨の中ではお強請り禁止です。昔のように政治的理由などの意味合いというより、単純に繊細な陛下が萎えるだろうなと。ご側室様方には十分なお手当てと、欲しいものはご自分で購入していただけるよう、それなりの予算もお渡しさせていただいておりますから」
「あー…はい、そうですよね」
要するに、やるだけの事はしてやってるんだから図々しい真似はすんなよって事だな。俺は素直にコクリと頷いた。
それなりの予算、ってのはあのクレカの事だろう。月の上限は、守秘義務があり公開できないが、ウン百万。それが入内の決め手でもあったんだけど…。生まれも育ちも庶民の俺は、いざそれを好きに使えと持たされると変にビビってしまい、未だにゲームの課金に2万くらいしか使ってない。我ながら小心者すぎて呆れるが、まあまだ1ヶ月ですから。これからこれから。その内車とか買っちゃうから。あ、駄目だ。まず免許取らなきゃ。
そんな事を考えつつ、俺はシュウメイさんに言った。
「まー、お強請りはあんまり品が良くないですもんね」
「ご理解いただけて恐縮です。あとは…」
それからは陛下が部屋に来た時の出迎え方とか、出来るだけ避妊はしないで欲しいとか、例え行為が早く済んでしまっても送り出すのは明け方にして欲しいとか、そんな感じの事。
殆どが常識的な事ですよとは何ぞや。普通ならコンプラ的にどうなんだと思ってしまうような決め事も混ざってるんだが…。しかしまあ、悲しいけどここって後宮なのよね。皇室関係者側はみんな、お世継ぎが出来る事を望んでご側室になる人間を募る訳で、俺は一応それを了承して契約書面にサインして、此処(後宮)に居る訳だから。
妊娠を求められるのは当たり前の事なんだよな…なんて思いながら、俺は遠い目をした。
幸い今はヒートじゃないから、アルファである陛下にナマで出されても確率は3割程度。何とか回避できる事を祈ろう。ヒート時なら有無を言わさず孕まされちゃうだろうから、まだ今日で良かったんだ、うん。
…でも3割って、打者なら強打者なんだよなあ…。
ポジティブシンキングに失敗してどんよりした辺りで、シュウメイさんが再び口を開いた。
「あとこれは、単なる個人的なお願いなのですが…」
「はい?」
改まって何だろう、と俺はシュウメイさんを見る。
「陛下に、どうか優しくしてさし上げてください、ユウリン様。貴方は、陛下にとって特別なお方になるかもしれません」
「特別、、、俺が?」
単に書類に載った顔が気に入られたんだという気でいたんだが?と、思いながら問い返す俺に、シュウメイさんは少し俯きながら答えてくれた。
「陛下は数年前のある1件で深く傷つかれて以来、お心を閉ざされていらっしゃいました。皇太子というお立場ゆえにご幼少の砌よりお仕えしてきた侍従にすら辛いお気持ちを打ち明ける事もなさらず…ただ苦しまれていらした」
そう語るシュウメイさんの目は、心做しか潤んでいるように見える。本当に陛下の事を心配しているのが伝わってくるようだった。
「あの…それ、俺が聞いて大丈夫な事なんでしょうか?陛下の超プライベートな事なんですよね?」
俺がそう聞くと、シュウメイさんは顔を上げて俺の目をまっすぐに見ながらこう言った。
「そりゃ勿論、あまりよろしくはないですよ。ですが、ユウリン様。先ほども申し上げました通り、貴方は凍てついていた陛下のお心を動かされたお方。私は貴方様が、あのお方にとって特別な存在になるのではと予感がするんです。ですから、お話しておきたいのです」
「そう、ですか…」
買いかぶりではと思いながらも、止められる空気ではないからそのまま聞く事にする。
そうして語られた、更なる陛下の過去は、そりゃヘタれちゃうかもなあと少し同情してしまうものだった。
「陛下は…以前、おつき合いされていらしたお方に、手酷く裏切られた事がございます。まあ、色恋などというものは、どんな人間であれままならないものですから、それ自体はよくある失恋話のひとつに過ぎません。
ですが、陛下の想い人だったお方というのが…幼い頃からの親友だった男性でございまして。彼は、一旦は陛下の想いを受け入れて、2年ばかりは恋人としてお付き合いをされておられました」
ピクリ。陛下に恋人が居た?しかも、親友。しかもしかも、男性!
陛下の恋バナに俄然興味が湧いてしまい、聞き入ってしまった俺だったのだが、その後すぐに後悔した。
「ですがそのお方は、同性と恋愛ごっこは出来ても、肉体関係には嫌悪感を示されたご様子で…陛下に深い関係を求められた途端にそれを拒絶され、その後はさっさと他国の貴族のご令嬢と婚約してそちらの家に婿入りして国を出てしまわれたのです」
「え、えええ~…」
び、ビックリ。ビックリだ。陛下が同性とつき合ってたってのは、まあこのご時世だから珍しくはない。俺だって同じだもん。なので俺の驚愕の八割がたはそのお相手に対してだ。
一国の皇太子を無下にして、嫁さん作って国外逃亡ってすげえな!!
「つまり陛下は、幼馴染みの親友と恋人をいっぺんに失ってしまわれたと、まあそんな訳です」
「は、はあ…えー…うわぁ…」
衝撃で語彙を失ってしまった俺は、ただそんな反応しか出来なかったのだ。
へ、陛下ぁ…。
何年も想い続けた親友に恋心を打ち明けるのは、きっと相当に勇気が要っただろう。胸の内に秘めておけなくなって、溢れ出したその想いを受け入れられて、どれだけ嬉しかっただろう。
そして、そんな相手からの拒絶はどれだけ悲しかっただろう。
エリアスの裏切りに傷ついて泣いていた日々の事が思い出されて、俺は目を伏せた。状況は違うけど、好きな人が他の人間を選ぶ苦しさはよく知っている。
金や力や身分があっても、恋愛とは思い通りにはならないものらしい。
人の心と心が寄り添うのは、きっと特別な奇跡なんだろう。
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