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5 陛下と親睦を深める
見蕩れている内に、陛下の髪は下りてしまってすっかり元通りの陰キャオタクっぽく戻ってしまった。が、既にその素顔を知ってしまった俺にはもうそんな簾フィルターはあって無きもの。前髪おばけみたいなその姿さえ、流行りのアーティストのようにスタイリッシュに思えてきたから、恋って不思議ね。(?)
早くお話していい感じになりたい。しかしそんな俺の思いとは裏腹に、陛下はボーッとそこに立ったままだった。
…どうしたんだろうか。
あ、ちょっと待て。俺が陛下の初めてのお渡りって事は、陛下の方もまだ後宮での勝手を知らないのか?
そうピンと来た俺は、おそるおそる陛下に言ってみた。
「あ、あの…どうぞこちらへ…」
俺が右手で指し示したのは、ベッドの上の俺の横だ。実は俺の部屋のベッド、キングサイズでかなり大きい。笹原さんに聞いてみたところでは、後宮の側室部屋のベッドはみな同じサイズなんだそうだ。勿論、側室達がゴロゴロする為だけにそのサイズな訳じゃない。お渡りがある前提で家具を選んでいるからそのサイズなんだそうだ。要するに、大人二人が思う存分くんずほぐれつできるようにって配慮なんだな。
そんな、子作りセックス待った無しのベッド上に、俺は歳下の男を誘ってるって寸法だ。自分で言ってて恥ずかしいわ。
だけど陛下は、俺の言葉にコクンと頷いてから、室内ばきを脱いでベッドに上がってきた。
うっ…コクンだって。かわ…。大きくて大人しい、黒いワンコみたい。
陛下が俺の横に胡座をかいて座ったので、俺も陛下に向き直って座る。前髪で表情は見えないけど、陛下はなんとなく落ち着かない様子だった。口を開きかけては閉じ、閉じては開いて…もしや俺より緊張してるんじゃないだろうか。
とすれば、やっぱり陛下におまかせでは一向に事は進まない気がする。やはり多少なりとも歳上の俺がイニシアチブを取るべきかと判断して、俺は口を開いた。
「あ、あの…今夜は何故、お…いや、私をお召し下さったんですか?」
言ってしまってからハッとして下を向く。ひえ、違ーう。
昼頃小雨パラついてましたよねとか、後宮のご飯美味しいですねありがとうございますとか、もっと当たり障りない世間話から入るつもりだったのに!何故ダイレクトな疑問から口にしたんだ俺ぇ…。
不躾だったかな、怒らせちゃったらどうしよう?でも謝るのも何か変だし…。
俺は少し顔を上げて、陛下の顔色を伺った。 陛下は顎に指をあてて、少し考え込んでいるようだ。もしかして俺の質問に答えようとしてる?
少しして、低い声が響いた。
「そなたが…そなただけがとても、きらめいて見えて…」
「え…」
「美しいのは、此処に来るからには皆そうなのだろうが…そなたはそれだけではなくて…寂しげと言うのか、儚げというのか…。いや、何と言えば良いのだろうか、言葉がみつからない」
「そ…う、ですか…」
答えながら、頬が熱くなっていくのがわかる。陛下みたいな超絶美形に美しいなんて言われてしまった。でも、俺って寂しげで儚げに見えるんだ?それは初めて言われたよ。エリアスのストーキングに疲れてたからか?
でもそれで陛下の興味が引けちゃったのか。流石は俺。
自分で自分に感心してたら、陛下がまた言葉を続けた。
「それで、話してみたいと…」
「話して?」
「親しくなりたいと、思ってな…」
お話して仲良くなりたい。なんつー初心なセリフだ…。夜伽に側室を抱きに来た男の言葉とは思えない…と考えて、俺はまたシュウメイさんから聞いた事を思い出した。
そうだ、陛下が初めてなのは、何もお渡りだけじゃないかもしれない。
2年つき合っていた同性の恋人は、恋愛ごっこは出来ても肉体関係には嫌悪感がある人で、それを拒否されて逃げられたって話だったじゃん。その恋人は元々、陛下が幼い頃からの親友だったって言ってたよな。で、陛下はずっとその人を想ってた。
…って事は、陛下って…童貞なんじゃね?
って事は、もしかしなくても、今夜が筆おろし…なんじゃね?
そりゃ、初心な筈だよ。
うわぁ、どうしよう。もしそうなら俺、すっごくラッキーなんじゃないだろうか。ちょっとドキドキしてきたぞ。
向かいに座っている陛下は、また髪をかき上げた。せ、セクシー過ぎる…色気が凄い。これが童貞だとしたら罪深すぎる…。
見蕩れていると、陛下の形良い唇が、薄く開いた。
「僕に、」
ぼ、僕?!陛下ってプライベートの一人称、僕なの?!
何という意外性。陛下の見た目と一人称とのギャップにまたしても心臓を撃ち抜かれる俺。
危険だ。これは危険な陛下だ。
陛下は膝を立ててこちらににじり寄ってきて、膝の上に置いていた俺の手に自分の手を重ねてきた。
お、おお?初心なわりに意外な積極性に少しだけ焦る俺に、陛下は言った。
「僕に、色々教えてほしい、ユウリン」
そんな濁りないキラキラした目で、邪な俺を見ないでえ…。
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