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6 それは恋に似ていた
歴史とテクノロジーの融合する国、和皇国。そんな国の、第135代皇帝。
そんなものになってしまったのはつい最近の事だ。
望んだ立場ではなかった。しかし、望み通りの境遇に生まれ落ちる事が出来る人間が、この世界にどれだけいるものだろうか?人にはそれぞれ定められた宿命というものがあり、僕の宿命がたまたま此処にあっただけの話なのだろう。
重責に窒息しそうになった時には、いつもそんな風に思考を切り替えて乗り切ってきた。
息苦しくても、孤独でも、僕はまだ恵まれているのだから、不満を持つべきではないと。
実際、僕はこの世に、およそ人間が望む殆どのものを手にして生まれてきた。
家柄、権力、財力、容姿。
父母は僕が生まれて数年で外遊先の国で事故に巻き込まれて亡くなったが、祖父母がいてくれた。だが、2人とも多忙な人達だったから何週間も会えないなんて事もザラにあり、僕は侍従や乳母達の手で養育された。
それでも、忙しい合間を縫うように顔を見に来てくれる祖父母は、いつも親愛に満ちていた。
僕の父が皇太子のまま亡くなったから、想定していたよりもだいぶ在位期間が延びた祖父は体力的にも辛かったと思う。持病も抱えていたし、70を過ぎた辺りからは、時折体調を崩すようにもなった。祖父よりいくつか若い祖母も似たようなもので、僕は早く2人が責務から解放される日が来るのを願った。
だがそれは同時に、僕が成人してその重責を引き継ぐという事でもある。
葛藤ばかりが胸に渦巻いた。
幼馴染みのミツクニは侯爵家の三男坊で、とても明朗闊達で優しい男だった。人に囲まれ、傅かれて育ちながらも常に寂しかった僕は、ミツクニの明るさにどれだけ救われてきたかわからない。ミツクニにとっては僕は数多くいる友人の一人だったのだろうが、僕にとってはミツクニだけが特別な存在だった。
だから、勘違いしてしまった。
彼に対する依存と執着が、恋なのだと。
それはとても似ていたから。
中等部の卒業式のあと。
これが最後かと思うとなかなか立ち去りがたく、2人きりで残っていた教室で、僕はミツクニに好きだと告げた。
その時の彼の、驚愕に見開かれた目が今でも忘れられない。
『存じませんでした、、、殿下が私に、そんな…』
眉を下げて言ったその顔を見て、困らせてしまったと思った。中等部最後の区切りの日に勇気を振り絞った結果、唯一の友人を失ってしまった。
しかし、やめておけば良かったとは思わなかった。
この告白に至るまで、どれだけ悩み葛藤したかしれない。胸の中にしまっておけさえしたなら次に会った時にも変わらぬ友でいられるのに、何故わざわざ関係を壊す恐れのある事をする必要があるのかと思いもした。
けれど、告げずにはいられなかった。明るくて親しみ易いミツクニの近くには、彼に好意を寄せる女生徒が常に何人もいる。高等部に上がれば、外部から進学してくる生徒で学生数も増えるから、それはもっと多くなるのだろう。
厳格だった中等部までとは違い、高等部は一気に開放的になると聞いていた。きっとミツクニは、さっさと交際相手を作る。そして僕は、恋人と仲睦まじく過ごす彼の姿に嫉妬しながら、友人の顔をしてそばに居るのだろう。
想像するだけで苦しい気持ちになった。
告白したのは、受け入れられると思ったからではない。綺麗さっぱりフラれてしまえば、嫌でもこの行き場の無い感情に踏ん切りをつけられるだろう、それで諦めもつく筈だと、そう踏んでいたからだ。
そして、おおかたの予想通りにミツクニは困った顔をした。
まさかずっと傍に居た同性が自分に恋心を抱いているとは夢にも思わなかったのだろう。その困惑は至極尤もな事だ。
しかも、相手が僕…自国の皇太子なのだから、どう言葉を選べば良いのかと、内心途方に暮れているのかもしれない。
僕は唇の両端を無理やりに上げて、微笑んだ。
『うん、いや、そうだよな。すまなかった』
暗に、結果には期待していなかった事を伝える。その方がミツクニも意思表示をしやすいだろうと思ったからだ。
だがミツクニは、僕の言葉に少し眉を寄せたあと、少し俯くようにして、何かを考え込むような素振りをした。僕はそんな彼がこれから出すであろう答えを静かに待った。
そして、暫くして。
ミツクニの口から出た言葉は、思いもよらないものだった。
『考えてみたんですが、』
『うん?』
『殿下のお気持ちをお断りする理由も、無いように思います』
『…?』
どういう事だろうか。予想と違う。
ミツクニは優しいから、嫌悪感を持っても顔には出さないでくれるだろうとは思っていた。だから僕は、おそらく困り顔のミツクニに告白を断られる事になるのだと考えて、そんなシミュレーションだけを何千回と繰り返してきたのだ。
なのに、実際に目の前に居るミツクニは、困り顔はしたものの、予測していない言葉ばかりを口にする。
今度は僕が困惑する番だった。
『ミツクニ?』
『うん、まあ…不快ではありません。嬉しいと感じております』
『そう、か。それは良かった…』
『ですので、一旦お気持ちをありがたくお受けしようと思います』
『…え?』
『まだ自分の気持ちがどう動くものかはわかりかねますが…よろしければおつき合いさせていただこうかと思っております』
『…良いのか?』
『まあ、あくまで節度ある学生らしいおつき合いをと言う事で…』
そう言ったミツクニは、もういつもの人懐こい微笑みに戻っていて、僕の胸にはじわじわと嬉しさが広がっていく。
『ありがとう』
そう言ってミツクニを抱きしめると、一瞬彼の体が強張った気がしたが、これだけ触れ合うのは初めてだから、お互い慣れないだけだと思った。
告白の成功は、僕にとって嬉しい誤算だった。だから、その時ほんの少しだけ感じた違和感に、気づかぬふりをしてしまった。
それがこの先、どれだけ自分を苦しめる事になるのか考えもせず。
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